気候危機、そして資本主義と民主主義の危機 ~はたして人類の平和的帰結のデッサンは描けるのか~ 古屋 力

2022.11.29 掲載

1. 気候危機と資本主義と民主主義の危機との相関

いまや、人類は、深刻な気候危機とともに、同時に、資本主義と民主主義の危機に直面している。この3つの危機は、同根である。相互に、抜き差しならぬ、深い関連がある。

資本主義の矛盾が、気候危機の不条理として表出している。もはや、気候危機を考える上で、資本主義と民主主義の危機について同時に考察することが不可避なのである。

肝心なのは、人類の幸福を担保するために必須不可欠な気候危機、資本主義、民主主義という3種の未知数からなる一種の「三元連立方程式」をいかに解くかである。このすべての方程式を同時に成り立たせる未知数の「共通解」を早急に解くことが、人類が直面している最優先の喫緊の課題である。なぜなら、この「解」が、現下の忌まわしいウクライナ危機をはじめとする世界中の紛争リスクやエネルギー危機、世界中で蔓延しつつある貧困問題、格差と分断のリスクの軽減、さらには、人類の平和的帰結に重要な貢献を期待できるからである。

しかし、問題なのは、この地球上の誰しもが、気候危機、資本主義、民主主義の各々の個別の一元方程式の解法にやっきになってはいるが、本来取り組むべきこの三元連立方程式の解法について、手をつけようとはしていないことである。理由は、難解だからか。あるいは、そういった視座が欠落してしまっているからだろうか。けだし、いずれにしても、この三元連立方程式への取り組みを放棄してしまっている不作為の罪は、極めて深刻で重い。下図 で一目瞭然ではあるが、深刻な事実が、人類の眼前にある。この地球上で、大量の二酸化炭素を排出している先進諸国は、その二酸化炭素等の温室効果ガス排出を伴う経済活動によって得た資金で温暖化防止のための緩和策(Mitigation)や、災害が起きたときの対策のための適応策(Adaptation)を行うが、貧困層の人々は、温室効果ガス排出にほとんど関わっていないのにもかかわらず、気候危機によって激化した災害や、高騰した食料に苦しめられていながら、対策に必要なの技術も資金もなくあえいでいる。そこに忌まわしく深刻な格差と不条理がある。

【参考図】温室効果ガス排出量と貧富格差

※1 Climate change is inextricably linked to economic inequality: it is a crisis that is driven by the greenhouse gas emissions of the ‘haves’ that hits the ‘have-nots’ the hardest. In this briefing Oxfam demonstrates the extent of global carbon inequality by estimating and comparing the lifestyle consumption emissions of rich and poor citizens in different countries. (出所)Oxfam (2016) “Extreme carbon inequality”

明白な事実から目を背けてはなるまい。少数の裕福な国や人々が無節操に化石燃料や原発などのエネルギーを湯水のごとく大量消費し、持続可能でない経済発展を押し進めて来た結果、気候変動とエネルギー危機が悪化している※2。そして、地球温暖化により異常気象や自然災害が多発加速し、とくに農業や漁業等天候や自然災害に影響を受けやすい生計手段に頼って生活する人が多い途上国で、気候変動による大きな被害をうけており、それが、死活問題となっている。特に気候危機による災害に対する備えが十分ではなく、ガバナンスも弱い地域では、ますます貧困化がすすんでしまっている。そして、それが、最も重要な人権課題の一つとなっている。生存や健康、住居や食料といった基本的権利に与える影響は甚大で、多くの人か今住んでいる場所からの移住を強いられている。女性や子供、老人といった特に貧困や周縁に追いやられた人々が気候変動の影響を受けやすい状況に置かれている。これらの深刻な気候危機の問題は、資本主義と民主主義の危機の問題と表裏一体であることの証左である。

     

2.    気候危機と気候正義

気候危機によりもたらされた不公正な状況を直そうという考えを「気候正義(Climate Justice)」と呼ぶ。先進国に暮らす人々が、自分たちが化石燃料を大量消費してきたことで引き起こした気候変動への責任を果たし、この地球上のすべての人々の暮らしと生態系の尊さを重視した取り組みを行う事により、化石燃料をこれまであまり使ってこなかった途上国の方が被害を被っている不公平さを正していこうという考えである。地球温暖化の責任がほとんどない経済弱者や若い世代が、より甚大な被害を受ける不公正な状況を是正しようという呼び掛けでもある。こうした「気候正義」の背景には、以下3つの議論がある。

①汚染者負担原則 
環境の質を悪化させた者がその環境を回復させる責任を持ち、必要な費用負担すべきという考え。途上国にさほど大きな罪はなく、むしろ、温室効果ガスの排出量が多い先進国の人々が、より大きな責任を負うべきだと主張するもの。

②受益者負担原則 
ある者の行為から別の者が利益を得ているとき、その者は利益の分だけ当の行為について責任を負うべきだという考え。先進国は、産業革命以降、化石燃料を大量に消費・燃焼しながら、莫大な温室効果ガスを世界にまき散らしながら、多大なる利益を享受しつつ経済成長をして発展して豊かになってきたが、その一方で、途上国は、先進国に大量の労働力や資源を提供してきたわりに、その恩恵を受けていない。そればかりか、先進国による大量な化石燃料消費の帰結として、温室効果ガスによる気候危機の被害を、一方的に途上国が押し付けられてきた実態がある。したがって、先進国は、謙虚に自己責任を痛感し、それ相応の応分の負担を負うべきであるのは道理である

③支払い能力アプローチ 
問題解決能力の高い者が責任を負うべきだという考え。特に問題解決の有効性を重視する考えで、所得の多い富裕層、壮年・老年世代等の支払い能力の高いものが資金負担を負って責任を果たすべきだと言う考えである。

ちなみに、2021年に英グラスゴーで開かれた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、この「気候正義」という言葉が、頻繁に登場した。会場内外で、途上国や環境団体が、温暖化を引き起こしてきた先進諸国に対して「気候正義」を反映した政策決定を促していた。次の国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)開催国は、アフリカのエジプトであり、先進諸国から気候変動の影響を受ける途上国への支援や協力のさらなる強化が重要議題となるであろう※3

また、単に国家レベルの動きだけではなく、気候変動の影響に取り組む際に企業の果たす役割も大きい。世界中で、志の高い企業を中心に、「気候危機」への積極的な取り組みが始まっている。自らの企業活動に伴う排出量の削減緩和策はもとより、企業のサプライチェーンにおける気候変動の影響を受けやすい人々への支援、さらには、政府に対しより強固な必要措置を講じることを求める公共政策上の責任追及等、主体的に「気候正義」を念頭にいれた行動を開始している。ちなみに、直近の朗報としては、2022年9月に、パタゴニアの創業者イヴォン・シュイナード(Yvon Chouinard)は、彼が約半世紀前に立ち上げたパタゴニアの所有権を手放し、同社からの全利益を、自然の土地と生物多様性を保護し、気候危機に取り組むプロジェクトや団体に寄付すると決定している※4。世界中の企業経営者は、彼の姿勢から多くを学ぶであろう。

※2 温室効果ガス排出トップ10の国だけで、世界の排出量の7割に相当する。国際NGO Oxfamの調査によると、世界の中で世界人口の10%に当たる裕福な人々が、個人消費による温室効果ガスの半分を排出している。Oxfam(2015)“Extreme Carbon Inqeuality, 2015"

※3 プレCOP27(2022年10月3日と4日コンゴ民主共和国のキンシャサにおいて開催)コンゴ民主共和国のイブ・バザイバ環境相は、アフリカにおいて温室効果ガス排出量は世界全体のわずか4%であるところ、多くの貧困層が存在すると述べ、途上国における石油・ガスを活用した経済成長と気候変動対策の両立のための支援を訴えた。また、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、会合にオンラインで参加し、温室効果ガスの排出が多い国から、気候変動の影響を受ける途上国への支援や協力に関する合意形成を呼びかけた。

※4 2022年9月14日付ニューヨーク・タイムズ紙によると、パタゴニアの価値は約30億ドル(約3,000億円)。パタゴニアの創業者イヴォン・シュイナードとその配偶者、そして成人した2人の子どもたちは、非公開である同企業の株式は今後、気候変動に焦点を当てた信託パタゴニア・パーパス・トラストと非営利団体のホールドファースト集団が所有する。同社は声明で「パタゴニアに再投資されなかったすべてのドルは、地球保護のための配当として分配される」と明かしている。(出所)The New York Times(2022)”Patagonia founder just donated the entire company, worth $3 billion, to fight climate change”

【3. グローバル・サウスと気候危機】 へ続く →