気候危機、そして資本主義と民主主義の危機 ~はたして人類の平和的帰結のデッサンは描けるのか~ 古屋 力

2022.11.29 掲載

9. はたして人類の平和的帰結のデッサンは描けるのか

いまや、時代は、「再生可能エネルギー」と「超国家性」という2つのキーワードを軸にして、新しいパラダイムシフトを実現する時期に来ている。再生可能エネルギーの特性に鑑み、ロシアも含め、世界中の諸国民が、再生可能エネルギーを軸とした気候危機解決装置の共同創設自体には異論はないはずである。世界中の英知を結集させて、資金を供出して、最先端の技術で、超国家的な「気候プラットフォーム(仮称)」を新設する。そこで、生み出されるエネルギー等のあらゆく便益は、参加する全世界の加盟諸国が、平等公平に享受できる。したがって、これをあえて破壊し侵略しようとする国家はいない。なぜなら、国際的評価失墜だけでなく、そもそも自国が享受する便益を損なうからである。

人類の眼前には、気候危機という一致団結して戦う共通の敵が登場している。まさに、気候危機と闘う武器である脱炭素を十分担保し得る新たな仕組み「気候プラットフォーム」が鍵になる。いまさら人類が身内同士で戦争している場合じゃないことを気づかせるほど、強大で難攻不落な気候危機という一致団結して戦うべき共通の敵を前に、人類は、手にしているお互いを殺し合う武器を一斉に放棄し、その持てるエネルギーと資源と英知と資金をすべて総動員して気候危機解決にための脱炭素に向けて注力する時期にいる。強烈な台風がすぐそこまで来ていていままさに屋根が吹っ飛びそうなの状況なのに、懲りずに居間で不毛な夫婦喧嘩をしていることなんて、ありえないことなのである。いまこそ求められるのは、諸国間の危機意識の共有と連帯であり、エネルギー資源ナショナリズムを超越した地球市民としての連携協働である。まさに、脱炭素を内包させた新次元のパラダイムシフトが有効に機能すれば、気候危機と国際紛争とに共通した病根を一気に解決でき、この2つの厄介な死に至る病を、一石二鳥に早期快癒させる処方箋になる可能性があるのである。

こうした超国家的な「気候プラットフォーム」の具体的な構想提言については、既にいくつか試論も公表されている※27。未来志向的な地球環境と人類との関り方の有効な仕掛けとして、資源の共有を通じ持続可能な恒久的平和を目指す「協働型コモンズ(collaborative commons)」※28構想がある。その具体的提言についての試論としては、「東アジア再生可能エネルギー共同体構想」がある。この共同体は、世界の脱炭素社会構築に向けたパラダイムシフトの潮流を視野に、東アジア地域における平和で持続可能な未来を希求して構想された協働型コモンズで、再生可能エネルギー(renewable energy)を軸とした「東アジア再生可能エネルギー共同体構想」と炭素通貨(carbon money)を軸とした「東アジア炭素通貨圏構想」と言う2つの未来志向的なプラットフォームから構成される構想である。国際秩序のあり方に決定的な影響力を持ちつつある世界最大の経済圏たる東アジアは、世界で有数の豊かな再生可能エネルギー源の潜在力に恵まれた地域でもある。この点に注目して、日中韓および他のアジアの有志諸国から、技術・資金・人材の提供を受け、共同所有・共同管理の気候プラットフォームを新設する。そして、近隣公海の洋上に、何万機にも及ぶ大量の浮体式洋上風力を設置する。この気候危機に対抗する新たなプラットフォーム新設によって、持続可能な恒久的平和を目指す仕掛けである。

再生可能エネルギー潜在力が世界中に分散しており、その適正な再生可能エネルギーの種類は、太陽光や太陽熱、風力ばかりではなく、地熱、水力、潮力、バイオマス等々、多様性がある。地球上の各地域で、適材適所にそれぞれ地域特性を活かした最適な構築が可能である。世界中で、それぞれの国々独自の地域特性を活かしながら、最も自国にふさわしい再生可能エネルギーを活用しエネルギーシフトを推進しながら、自国の脱炭素社会化を目指す。同時に、近隣諸国と連携して、公海上に大規模な浮体式洋上風力発電プラットフォームを共同出資で設置する等の再生可能エネルギープロジェクトを立ち上げて、超国家的な気候プラットフォームを設ける。そして、超国家的な気候プラットフォームの開発は、諸国家から拠出された資金を元手に、世界最高水準の技術と資源を投じて、同時並行的に構築が進んでゆく。そして、同時に、それを合理的に統合する国際組織が構築され、その国際機関に収斂させてゆく。

プロジェクトには世界最先端の技術を投入し、運営は各国から人材を投与し、共同で行う。すべての経営情報は透明性を担保しつつ共有し、その出資応分の電力や利益を各国が受益する。そこで得た世界最先端技術とノウハウは、自国に反映できるメリットもある。こうした地域ごとの気候プラットフォームが、世界各地で誕生する。同時に、それらの結集体(コモンキッチン)として国際機関を構築する。当該国際機関は、世界中に分散している気候プラットフォームが日々生み出している再生可能エネルギー量と温室効果ガス削減量、さらには事故事例や故障への対応事例等のメガデータをリアルタイムで掌握し、AIを駆使して高度解析し、その分析結果と提言を付加して、常時、世界中の気候プラットフォームに還元する。また、その国際機関の傘下には、「脱炭素社会研究所」を新設し、世界中の最先端の再生可能エネルギー技術と運営ノウハウの研究を行い、その成果は、無差別に、各地域の気候プラットフォームに供与し、必要に応じて、人材を派遣して、教育指導も行う。こうした国際機関と気候プラットフォームの好循環の連携が順調に進めば、さらに世界中の気候プラットフォームも拡大するであろうし、その技術ノウハウを活かした各国のエネルギーシフトも加速するであろう。

それを可能とするのは、むろん、全世界の諸国家にとって、共有の気候危機を打倒するという大義の他に、実際に享受できるメリットが大きく、失うものはないという魅力である。こうしたシステムへの信頼性を担保するのが透明性と公平性である。幸いなことに、再生可能エネルギーが生み出すエネルギー自体は一物一価であり、削減できる二酸化炭素等の温室効果ガスも、すべて一物一価である。IoTを活用して、瞬時に、世界中に地域ごとの気候プラットフォームのエネルギー産出量と、地球規模の温室効果ガスの全量把握と、炭素予算のリアルタイムな認識が可能となる※29。かくして、世界中で平等かつ公平に透明性が担保される形で評価・認識・確認できることが、超国家的機関という難解な組織構築を可能とする鍵となる。そして、やがては、この気候プラットフォームの集合体である戦略的国際機関が、既存の国連や世界銀行、IMF等と未来志向的に有機的結合をしてゆく可能性も大いにあろう。

いま、時代は、コロナ禍の気候危機時代にあり、主権国家の管轄を超えて人類全体が生存していくために必要とする大気や大地、太陽、海洋、水、気候、氷層界等の世界が共有している生態系そのものをさす「グローバル・コモンズ」の責任ある管理Global Commons Stewardshipができるまったく新しい仕組みが求められている。人類は、いまこそ英知を結集して、エネルギー、食料、資源循環、都市といった地球システムに大きな影響を与える社会・経済システムを大転換し、人類と地球が共に持続可能な未来を築く必要がある。いまから52年前の1970年に、G.ケナン(George Frost Kennan)が『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』に投稿した論文「世界の環境悪化を回避するために(To Prevent a World Wasteland)」において、環境保護を目的とする国家主権から独立した国際環境機関(International Environmental Agency ; IEA)創設を提唱している。そして、ベルリンの壁崩壊前夜、1989年の3月にオランダのハーグで開催された地球温暖化問題を協議したハーグサミットで採択された「ハーグ宣言(Hague Declaration)」は、喫緊のグローバル危機である気候変動問題に対する処方箋として、新たな効果的な意思決定と執行の機関として、国際司法裁判所の管轄に従う新しい国際機関創設を提言した。こうした動きは、Global Commons Stewardshipのまったく新しい仕組みを予言するものであったが、まさに、「脱炭素」化の世界の潮流等を背景に、Global Commons Stewardshipのための新しい超国家的な仕組みとして、ここで議論している脱炭素を内包させた気候プラットフォームによる新次元のパラダイムシフトは、気候危機打開の画期的な共同戦線であると同時に、極めて未来志向的かつ有効な恒久的平和構築装置となろう。

技術が大きく進歩し、グローバリズムの揺らぎを伴いながら、資本主義システムが制御できないほどに肥大化し、民主主義が空洞化し、無謀な戦争が人類の良識と文明事態を破壊しつつある今日、人類は協力を忘れ、分裂と敵対を選びつつあり、気候危機と資本主義と民主主義の3つの危機が、人類の運命を決する深刻な問題となっている。有史来、心ある人々がこの深刻な問題を解決するために真剣な努力を傾けられてきたが、グローバリズムの瓦解と専制国家の増殖の一方で、国連が事実上機能不全に陥っており、いまだ、こうした複雑解の解決策が見つかっていないのが悲しい実情である。

そんな現下の情勢下、気候プラットフォームによる極めて未来志向的かつ有効な恒久的平和構築のデッサンの試みは、決して絵空事でも不毛な空論でもなかろう。このデッサンが、ウクライナ危機を機に、かつて、カントも※30、そしてアインシュタインとフロイトも、ともに同じく、人類の行く末を憂慮し構想した永遠平和のための超国家的機関創設の下書きに彩りを与える、最初で最後のチャンスとなるかもしれない。

「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!」 このアインシュタインとの往復書簡の最後を結ぶフロイトの言葉の含意は「希望」と同義である。その希望を担保する気候プラットフォームによる極めて未来志向的かつ有効な恒久的平和構築のデッサンの試みは、決して「反実仮想」ではなく「近未来現実」なのである。

※27 幾つかの試論や関連論文がある。(参考)Jeremy Rifkin(2014)” The Zero Marginal Cost Society: The internet of things, the collaborative commons, and the eclipse of capitalism、-(2019)” The Green New Deal: Why the Fossil Fuel Civilization Will Collapse by 2028, and the Bold Economic Plan to Save Life on Earth”、Fawcett (2010) ”Personal carbon trading: A policy ahead on its time?”(Energy Policy ; Environmental Change Institute, Oxford University)、西岡秀三(2011)、『低炭素社会のデザイン』(岩波新書)、西川潤(2017)『共生主義宣言――相互依存宣言』(コモンズ)、古屋力(2019)『東アジア脱炭素経済共同体構想の意義とその実現可能性について~東アジア地域における炭素通貨と再生可能エネルギーを軸とした「協働型コモンズ」構築の必然性と可能性についての一考察~』(アジア研究所共同研究プロジェクト)、古屋力(2017)「東アジアエネルギー共同体の意義」(アジア研究所平成26・27年研究プロジェクト「東アジア地域における環境エネルギー政策共同体の可能性に関する考察」)

※28 「協働型コモンズ」とは、共有資源と協働関係を規定する所有制度を意味し、現代型の「共有地(Commons)」であり、特定の集団の共通利益を高める形で参加する社会空間である。いまや全世界は、資本主義市場と共有型経済の両方から成るハイブリッドの経済体制「限界費用ゼロ社会」に移行しつつある。その鍵はIoTにある。人々は、IoTのおかげで、広範囲の製品やサービス、製造、またそれを共有する費用に対しても、ネットワークにつなぐことで、情報を扱う商品と同じように、効率性を高め、ビックデータや分析、アルゴリズムを利用して限界費用をほぼゼロ近くまでに減らすことが可能となる。IoTは、今後20年のうちに多くの経済生活の限界費用をゼロ近くに押し下げる可能性がある。ジェレミー・リフキンは、この新しい社会を、「限界費用ゼロ社会(The Zero Marginal Cost Society)」と呼んだ 。「限界費用ゼロ社会」における福音は「協働型コモンズ」の台頭である。Jeremy Rifkin(2014)” The Zero Marginal Cost Society: The internet of things, the collaborative commons, and the eclipse of capitalism

※29 むろん、IoTには、その取扱いについては、慎重なる警戒が必要である。歴史家ユヴァル・ノア・ハラリは、AIやIT技術を駆使した監視体制が正当化され、整備が加速して行く先に、AIが独走、市民一人ひとりに最適解を差し出し、本人に意識させない形で思考と行動を操作するような、「人間の自由意思を否定する未来」についての懸念を表明している。(参考)ユヴァル・ノア・ハラリ(2021)「コロナ禍と人類の危機」(『自由の限界――世界の知性21人が問う国家と民主主義』)

※30 カントの提言が、国際連盟創設の原点であったと言われている。Immanuel Kant(1795)” Zum ewigen Frieden”