連載コラム第4回「アインシュタインの洞察」 東洋学園大学 特任教授(地球環境論担当) 古 屋  力

2023.1.19 掲載

かつて、アインシュタインが、「人類最大の発明だ」と揶揄したものがあった。それは、実は物理学分野の発明ではなく、意外にも、「複利(compound interest)」の発明だった。(注)
(注)初出はアインシュタインの没後28年経った1983年のニューヨーク・タイムズ等諸説あり。

「複利は人類最大の発明。知っている人は複利で稼ぎ、知らない人は利息を払う(Compound interest is man’s greatest invention. He who understands it, earns it. He who doesn’t pays it.)」

複利システムは、現下の資本主義システムのOSのような仕掛けである。これなしでは、通貨システムは瞬時に瓦解する。しかし、複利システムは、悍ましい闇を抱えている。

さて、いまの時代、「大貧民ゲーム」って知ってる者が、どのくらいいるだろうか。実際にやったことある者がどの程度いるかは知らないが、実に不条理で過酷なゲームである。金持ちになればどんどん金持ちになる一方で、貧しいとますます貧しくなるという何とも身も蓋もないゲームである。この仕組みに類似しているのが、現下の通貨システムである。

そのからくりの本質は「金利」にある。その象徴的存在が、古くはローマ法にも記述が見られる利子概念で、アインシュタインが「人類最大の発明だ」と揶揄した「複利」である。「複利」は、元々の元本に利息を加え、新しい元本として再投資していく仕組みである。イメージとしては雪だるまがわかりやすい。雪だるまは最初、小さな雪のボールからつくるが、それを雪上で転がしていくと、さらに新たな雪がついていきどんどん大きくなってゆく。

実は、こうした金利や通貨が、格差問題や貧困問題、地球環境問題を加速させている。地球環境の賜物である「自然資本」は有限であるのに対して、人間が創造した「通貨」は無限で、自己増殖し膨張する。健全な身体に巣くう一種の癌みたいな不健康な存在なのである。元来greedyな本質を持つ人類の業を具象化したものが「通貨」であり、その通貨の病的な属性を露骨に化体しているものが「複利」等の「金利」なのである。いわば「大貧民ゲーム」のコア・コンテンツなのである。

確かに、通貨自体には、罪はない。交換手段や価値手段としての利便性がある。他の代替手段がないので、いきなり全面廃止は困るという意見も一理ある。しかし、通貨の「増殖性」は、環境問題、格差問題と言う人類が直面している深刻な問題の元凶でもある。その「増殖性」を担保しているが金利であり、特に「複利」は、所得格差を助長する。初期条件では、さほど差異がない人々の間に、一旦、複利システムが機能すると、そこに持てる者の資産は増殖し、持たざるものの資産は限りなくゼロに近く減衰する。

そのため、「通貨」や「複利」の存在のために、貧困問題はさらに加速し、格差は広がってゆく。世界中のごく数パーセントの人々が、世界中の富の大半を所有するという不条理な現実を実現可能にしているのは、この金利のマジックに依っている。成功した富裕層の多くは、自分の能力ではなく、こうした複利の魔力に拠っているのだ。

それでは、どうしたら格差を助長する不条理な通貨の増殖性を抑止できるのか?増殖しない通貨なんてあるのか?実は、実際にあるのである。その象徴的な通貨として、ヴェルグル(Wörgl)の地域通貨があった。普通の通貨とは逆の「時間と共に減価する地域通貨」で、金利付与ができる増殖する既存通貨とはまったく逆な設計で成り立っていた。

自然界の木や財は時間の経過とともに減衰し枯渇し再生する。工業機械設備だって、減価償却があり、価値は減少する。一方、不思議なことに、貨幣だけは一方的にドンドン増殖膨張する。そこにミスマッチが生じる。

かつて、古代宗教のほとんどは、金利を禁止してきた理由もそこにある。現在でもイスラム教は、リバー(自己増殖)を禁止し、事実上金利の概念を認めていないことはその名残である。

かつて前職の国際通貨研究所時代に、ちょうど、有限な地球環境とgreedyな経済システムの位相について研究していた時期に、「ヴェルグル(Wörgl)の地域通貨」を調べた時期があった。現下の経済システムの諸問題の根源は金利を生みだす通貨膨張にあるとの観点から、ケインズが主著『一般理論』の中で高く評価していたシルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell)の「減価する通貨」の概念に注目し、普通の通貨とは逆の地域通貨の概念設計に強い関心を持つようになった。そして、彼の主著『自由地と自由貨幣による自然的経済秩序(Die natürliche Wirtschaftstordnung durch Freiland und Freigeld) 』を研究した。そのゲゼルの考えを具現した通貨が、このヴェルグルの地域通貨であった。

シルビオ・ゲゼルが提案した自由貨幣(減価する貨幣)を地域通貨として流通させ、地域経済の建てなおしに成功したのが、当時オーストリアのチロル地方の街ヴェルグル(Wörgl)町長であったミヒャエル・ウンターグッゲンベルガーであった。この地域通貨は、大恐慌の真っただ中にあった1932年から1933年にかけて流通し、地域経済の建てなおしに成功したことが伝説になった。後にアーヴィング・フィッシャーなど著名な経済学者からも賞賛され、有名になった。

いまでも、ヴェルグル駅から市内の目抜き通りには、市民や観光客に対してこの歴史を紹介するモニュメントが作成されているらしい、今度、欧州出張の際に、オーストリアのヴェルグルまえ足を延ばして、ぜひこのモニュメントも見てみたいと思っている。