WWFジャパンが生物多様性スクール 第1回「気候危機と生物多様性」を開催

2022.2.18 掲載

WWFジャパンは、2022年1月から6月にかけて、全6回(予定)の「生物多様スクール」を開催。各回著名な有識者を招き、食、金融、経済など、身近な切り口で生物多様性について考える機会を発信していく。 第1回は「気候危機と生物多様性」をテーマに1月27日、オンラインで行われた。

ゲストは、WWFジャパン理事であり立教大学特任教授、不二製油グループ本社CEO補佐の河口眞理子氏。「気候危機」を入口に、生物多様性とは何か、私たちの暮らしや社会とどのように関わっているかなどについて2部構成で語った。ここでは発想が大きく転換される知的刺激に満ちた講演の要旨を紹介する。

“わずか2秒”で変わった人類の運命

生物多様性は専門家ではく、一般人がこれから考える時代である。そのために「考え方の整理」をしたい。まずは地球と人間の関係性を見直そう。地球の歴史(46億年)を1年に換算すると11月28日に生物が誕生したことになる。そして12月31日の14時半に霊長類が誕生。12月31日20時30分に原人がアフリカからユーラシア大陸へ移動。23時58分38秒農耕生活開始。23時59分58秒に産業革命が開始したことになる。たったの2秒である。

「よく地球にやさしく」というが「地球に認めてもらえないと人間が放逐される」と考えたほうが正しいと思う。人間は地球の環境容量を超えてしまった活動をしている。1年代初頭以降、人類は地球の生産量以上を消費し続けており、その差は広がっている。2019年私たちは地球が1年間に生産できる範囲の1.6倍を使ってしまっている。2020年の予測では、コロナによる経済活動の制限により10%程度削減するとされる。非意図的であっても、経済活動を抑えれば、エコロジカル・フットプリントは減少する。意図的に戦略的に削減しなければならない状況にある。

環境問題を俯瞰してみょう。環境問題は気候変動だけではない。気候変動と生物多様性は2大環境問題と言える。環境問題とは、私の定義では生態系の破壊が人間の経済活動への基盤に悪化をもたらし続け、それがさらに地球の循環を損ねる人為的な悪影響を与えるものとなる。
そもそも環境問題とはどういうことか。たとえば自然界にゴミは存在しない。動物の死骸も他の動物や微生物の餌。排せつ物も同様だ。環境問題とは自然の生態系循環(調和)では処理できない「人工的な物質のリニアな流れ」をつくることとなる。

また安定的な生態系のゆりかごである森林やサンゴ礁の破壊することになる。陸は森林減少・砂漠化し、海洋は死の海、プラスチックスープとなり、自然の生態系が循環できるキャパシティを損なっていく。こうした影響が一定レベル(ティッピングポイント)を超えると悪化のメカニズムが自動的に動き出し、オーバーシュートし、制御不可能になる。

もう一つ、「発想を変える」ということで紹介したいことがある。それは、食物連鎖の図にある生態系ピラミッドの頂点に人間がいるのではなく、38億年の命の営みの一つとして人間がいること。すべての生き物は38億年の歴史を持つ。現在の生き物はその細胞内のゲノム内に38億年の歴史を抱え込んでおり、それを読み解くことで、誕生し、育ち、暮らしている。人間も生き物の一つであり、私たち人間はヒトという生き物として、他の生き物と38億年の歴史を分かち合っている仲間である。

自然資本はタダだから破壊される

「生物多様性」、「生態系サービス」、「自然資本」という言葉が金融の世界においても多く見られるようになった。「生物多様性」とは「生物が様々な形で多様性に富んでいるという事」になる。地球の中で生物が生存する部分は生物圏と呼ばれ、再生する。再生能力は、生態系の特徴の一つであるから、生物圏の再生は人間の営みの持続可能性の鍵となる。

自然資本とは、地球上の再生可能・非再生可能な天然資源(例:植物、動物、大気、土壌、鉱物)のストックを言う。これらの天然資源のストック(資本)が人に「サービス」のフローを生み出す。資本は金融になじむ概念である。しかしながら、生態系サービスの一部しか経済的には価値のある「財」として認識されていない。外部経済として無料のあたりまえのことと認識している。失って初めて価値に気づく。生態系サービスとは人類が生態系から得ることのできる便益である。それらには、例えば食糧、淡水、木材、気候調整システム、自然災害からの防御、土壌浸食の抑制、薬の原料やレクリエーションなどが挙げられる。

問題は、食糧や水といった一部のみが市場で取引される財として価格が付き経済的価値とされる点にある。しかし、自然災害からの防御、土壌侵食の抑制などの機能は経済的に認知されていない。これらはタダであることから破壊されやすくなる。生物多様性は、洪水や干ばつといった自然災害に対する回復力を提供し、炭素循環と水循環、土壌形成といった基礎的プロセスを支える。生物多様性は自然資本の一部であるとともに生態系サービスを下支えするものであり、生物多様性がなければ生態系サービスも低下してしまうことになる。

「資本」の概念は、自然を手本に生まれた

では自然資本にもある「資本」の概念とは何か。近代経済学の定義では、「資本」は「土地」「労働」を含めた3大生産要素の一つ。「地球環境」「自然」「生態系」などとは、縁遠い概念のように思われる。しかし、「自然」と「資本」の本質は似ている。「自然を「生態系」や「生命」のネットワークと解釈すると生命の定義は、「自己増殖を行うシステム」であり、資本も利子や配当など金銭的な価値を生み出す源泉となっている。

実は近代経済学が定義する「資本」は、自然を手本に生まれたものである。旧約聖書(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の経典)では、金を貸して利子を取ることは禁止されていた。利子(フロー)をとることができないので資本たりえなかった。その社会的な意味合いがあった。利子は当時の小さい共同体社会の安定を蝕むリスクが大きかったからと考えられる。今でもイスラム教では「貨幣」はあくまでモノとモノとの交換手段である「記号」にしかすぎない。交換手段が、交換の現場から離れて、神のようにこっそり子ども(利子)を生むことは許されない。子どもを産むことができるのは生物だけである。

一方、キリスト教は、貿易や耕作という経済活動を経由した価値増殖を認めている。自己増殖する生命を手本に、無生物のお金が大地を経ることで利子を生むことを容認。資本を蓄積。近代資本主義の発展多くのヨーロッパ言語においてCattle(牛)はChattel(動産)およびcapital(資本)と同義語だった。利子を「生む」貨幣が「資本となる。それが経済の概念となっている。

世界GDPの1.5倍以上の価値を生み出す生態系サービス

ここでなぜ、生態系サービスには値段が付かないのか、を考えてみたい。市場で取引される「財」の条件とは、排除可能性と競合性にある。排除可能性とはその財を使用・利用する人が特定でき、その他の人を排除できること。Aの所有する家に入れる人をAは制限できる。Bが着ている服を同時にAが着ることはできない。
競合性とは誰かが使用したら、他の人の使用量が減ること。Aがケーキを半分食べてしまえば、Bが食べられるのは残りの半分だけとなる。

この二つの条件を満たさないのは公共財・準公共財となり、市場取引では適切に供給されない。生態系サービスの多くは公共財・準公共財。市場経済では認識されない。つまり適切な価格が付かない。市場取引では「価値がない」と見なされる。しかし、生物多様性の損失は生態系サービスを生み出す自然資本の毀損となる。生物多様性の損失=生態系サービスを生み出す自然資本の毀損となる。生態系は、年間125兆~140兆ドルであり、世界GDPの1.5倍以上の価値を生み出している。

そういった中で生物多様性の国際的枠組みづくりが行われている。たとえば自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が自然関連の財務リスクを開示する作業をスタートするなど生物多様性への経済メカニズムの取り込みが始まり、欧州ではEU,フランス、英国を中心に欧州では生物多様性への包囲網が広がっている。

生物多様性は私たちの暮らしに根付いている

NHK人気番組「ダーウィンが来た」は、ホッキョクグマ、深海魚のアンコウ、北欧のグズリ、トラなど、珍しい動物を紹介してくれる。生物多様性は遠いところの話と思っている傾向がある。しかし実は、生物多様性は私たちの暮らしの中にもしっかり根付いている。私がいる不二製油はチョコレートの原材料のカカオやいろいろな食材に入っているパーム油、そして植物性の油脂、大豆ミートなどを食品メーカーに提供している。これらは生物多様性破壊物質と呼ばれ、問題がある。問題があるからこそ、日本企業として早めの対応をしている。具体的には生態系を活かして有害生物や害虫の管理を行うサステナブルなパーム農園Uni Fujiをマレーシアで運営している。

大阪住吉大社の御田に残る生物多様性について紹介したい。この神社では神事のために必要な稲・お米のために自前の田んぼで稲作を行っている。住吉大社は、神功皇后によりまつられて以来1800年の歴史があり、御田では神事として稲作を行っている。現在神社の周りは市街地になっているが、街中の田んぼは、近代化以前の生態系を残す。この御田には準絶滅危惧種がいくつも残されていた。

積水ハウスでは「5本の樹」計画©を実施している。3本は鳥のために、2本は蝶のために、という想いを込めて、提供した住まいの庭に地域の在来種を植えている。琉球大との共同検証によるビッグデータ分析結果では「5本の樹」は、樹種数を約10倍に増やし、 生物多様性の基盤を強化できている。この庭が増えていくことで生物多様性が広がっている。私の周りの生物多様性、屋上庭園で植えた以外の木が育っている。それは在来種の木であった。これも自然の恵みであり、生態系サービスだ。日本には八百万の神への感謝する信仰がある。八百万の神自体が生物多様性を象徴しているように思う。