WWFジャパンが生物多様性スクール 第2回「気候危機と生物多様性」を開催

2022.4.5 掲載

WWFジャパンの第2回となる生物多様性スクールが2月28日に開催された。今回、講師を務めたのは、東京大学未来ビジョン研究センター教授でグローバル・コモンズ・センター ダイレクターの石井菜穂子氏。講義では「システム転換に向かう世界」と題して地球環境ファシリティ(GEF)のトップを務め、地球環境保全と世界経済の第一線で活躍してきた石井氏がグローバルな視点も交えながら、「食」そして「農業」を切り口に、生物多様性とは何か、私たちの暮らしや社会との関わりについて多様な視点から語った。以下、その主な内容を紹介する

システム転換に向かう世界

東京大学未来ビジョン研究センター教授
グローバル・コモンズ・センター ダイレクター
石井菜穂子氏

地球システムが、永久に失われる臨界点が近づく

2022年のキーワードは生物多様性となるだろう。そこで浮上しているのは「自然資本」の重要性だ。 気候変動の本質は、経済システムと地球の許容量の衝突である。その解決策には経済システムの転換が欠かせず、 転換すべき経済システムにおいて、自然資本と密接な関係にある食料システムの役割は重要である。
そういった中、COP26では「Carbon Neutral Nature Positive」をキャッチフレーズ「森林破壊をどう止めるか」「食料システムをどう転換するか」も活発に議論された。では経済システムの転換のために何をすべきだろうか。まずは生産・消費・廃棄をシステムとしてみること。そこでは「自然資本」を適切に値付けが必要になる。

たとえば排出権取引市場や森林オフセットマーケットにおけるコストを見れば森林の自然資本としての価値づけは十分に進んでいない。どのようにして投資対象となる資産を分類していくか、というアセットクラスも課題となっている。人類文明を支えた地球システムの安定とレジリエンスが、永久に失われる臨界点が迫っている。生態系の臨界点ドミノ倒しのスイッチが入りつつある世界のリーダー達は、環境を最大のビジネス・リスクと認識している。

人類の共有の資産「グローバル・コモンズ」という視点

人類文明は、直近約1.2万年の「完新世」の地球システムの安定に依存してきた。しかし、時代は完新世(Holocene)から、人新世(Anthropocene)へシフトしている。完新世は楽園だった。約11,700年前から始まった地質時代、例外的に温暖でプラスマイナス一度の範囲で安定してきた。そこで人類は、初めて農業を基盤に人口を増やし、文明を発展させた。つまり人類文明は、完新世しか知らない。人新世をもたらした巨大な変動は“The Great Acceleration”の巨大な環境負荷を地球に与えている。人類の活動の急加速 それによる地球への負荷の急加速といえる。20世紀半ば、人間活動の加速が完新世を終らせ、人新世 (Anthropocene)が到来。人間こそが、地球環境の運命を決める力を持つ。地球環境の様々な課題はもう与件ではない。

温暖化の緩和のみならず、経済システム全般の転換が必要となるだろう。2050年以降も地球システムの安定を維持するためには、2030年までに大きく舵を切る必要がある。システム転換を軌道に乗せる猶予はあと10年。それを可能にする社会の仕組み・要素の転換では、地球環境が人類の共有している資産であるという認識に立つ「グローバル・コモンズ」の視点が欠かせない。

SDGsから2050年へ、地球・社会・経済持続可能性の確保が求められる。地球環境の制約内で、社会・経済ニーズを満たしていく必要がある。安定的で自己回復力のある地球システムであるグローバル・コモンズは、今後の人類の繁栄基盤となる。そのためにグローバル・コモンズを管理する仕組みを新たに作り上げることが急務だ。そこには構成員の間で必要なアクションと費用便益が明確に理解され、構成員の間での社会契約とその根源共同意識が醸成されなければならない。

大きな経済的報酬が期待される食料システム転換

人新世における食料システムは、人類の健康と地球環境の持続可能性を結ぶ鍵となるだろう。世界の食料システムは、2050年までに、地球環境が持続できる範囲内で食料を供給し、約100億人に健康的な食事を提供する必要がある。今、食料システムにおいては以下に列挙したポイントが、課題となる。

●食料と人間の健康。急性食料不安に直面する人々が2019年時点で、1億3千万人世界の栄養不足人口はおよそ9%。

●一方で、20億人が過体重または肥満となっている。
• 質の低い食事で、年間1100万人が死亡
• 安全でない食料の影響により、低・中所得国では毎年約1100億ドルの損失が発生している。

●環境保全
• 農業・林業・その他土地利用のGHG排出量は490憶トン(eCO2)で全体の約1/4を占める。
• 食料システムは、土地転換と生物多様性喪失の80%の原因となっている。
• 食料システムは、化学農薬による水域生態系への汚染の原因となり、淡水消費の80%を占める。

●食品ロス• 食料生産の約1/3が廃棄されている。

以上のように食と地球の持続可能性のために総合的な取り組みが必要である。世界の食・土地利用システムにおける「見えないコスト」は12兆ドルといわれ、世界の食システムの市場価値(10兆ドル)を上回っている。つまり、それは食料システム転換のチャンスを意味し、改善効果・投資・ビジネスによる経済的報酬は大きい。「見えないコスト」を避けることで、2030年までに5.7兆ドル、2050年までに10.5兆ドルの経済的利益を得ることができる。