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大島海峡、その美しい海を次世代に残していくために。 海の環境を守り続ける、奄美大島瀬戸内町の地元ダイバーたちの取り組み

日本でただ一つ、海峡を持つ町

 瀬戸内町は奄美大島の最南端に位置し、日本で唯一、町として大島海峡という海峡を持つ。この海を挟んで瀬戸内町は、本島側と加計呂麻島や請島、与路島と多数の島々から構成されている。その地は伝統や古い民俗が多く受け継がれる名所であるとともに、大島海峡は幻想的なリアス式海岸と200種ともいわれるサンゴの生息する海中景観が高い評価を受け、1974年には奄美群島国定公園に指定されている。そして、いつしかダイビングやシュノーケリングといったマリンレジャーの南のメッカとして知られていった。
 今もコバルトブルーに輝く美しさで人々の心を魅了するこの海峡。しかし、そのままではけっして今日まで残ることはなかった。まさに“守ること”によって現在に継承されてきたのである。

時代に先駆けて、サンゴを傷つけない係留ブイを設置

 瀬戸内町に「海を守る会」が誕生したのは1980年。同会を立ち上げたのは、この町で生まれ、育ってきた迫田藤雄氏だった。その呼びかけによって瀬戸内町の地元ダイビング事業者が集まり、この会は結成された。
 迫田氏はダイバー講師や漁師として大島海峡と共に人生を歩んできた。何よりの自慢はサンゴ礁。そのダイナミックで美しいサンゴにほれ込み、この地に永住を決めたダイバーもいたという。種類の多さもスケールにおいても他を圧倒してきた大島海峡のサンゴだが、長くこの海と暮らしてきた迫田氏は、その数が少しずつ減っていることを危惧し始めた。
 原因の一つは、ダイバーがボートダイビングをする際に船を固定するアンカーだと考えられた。それが繰り返される中で無造作にサンゴを傷つけ、やがて壊滅的なダメージを与えていった。
 そこで「海を守る会」が、最初に行ったのは重りを沈め、ロープをつないで固定した係留ブイの設置だった。「当時ダイビング業者が5業者あって、サンゴを保護し、安全にダイビングができるように各ポイントに係留ブイを設置しようと計画を立てました。1983年からポイント8か所に係留ブイを設けたのです。ここに鎖やロープを掛けることによって安全に船が係留できます。そしてそこからダイバーも安全に海に潜れます。もちろん、今までのアンカーのように海底のサンゴ礁を傷つけることなく、保護ができるという最大のメリットがありますので、会としてずっと続けてきました」と迫田氏は振り返る。
 今、インターネットで「係留ブイ サンゴ」と検索すれば日本各地の海でサンゴを船のアンカーから守る取り組みが行われていることがわかる。しかし「海を守る会」はすでに1983年からこれを実施していたことには驚く。

迫田藤雄 氏

迫田藤雄 氏

海と人々の意識を変えた海底清掃

 次に「海を守る会」が着手したのは海底の清掃だった。時代は昭和から平成へ、瀬戸内町にも飲料水の自動販売機があちこちに置かれ、空き缶やペットボトルが海に投げ込まれるようになっていた。「悲しかったのは、それを誰も止めようとしなかったことです。海はごみを捨てるところだとみんなが思っているようでした。瀬戸内町は、漁業やダイビングなどで生計を立てている人が多くいます。しかし、もしも海底がごみの山になれば魚たちもマリンスポーツで訪れる人もいなくなることでしょう。そうならないために皆で海に潜って清掃を実施することにしたのです」と迫田氏は語る。
 今ではダイビングによる海底清掃は珍しくない。しかし、当時は町の行政すらが、そんなことができるのかと驚きを隠せなかったという。それを可能にしたのは、迫田氏を中心としたこの海を守ろうとする強い思いだった。
 海底の清掃活動は1992年4月よりスタート。以来、定期的に実施することに決め、今も続いている。幻想的な景色を織りなしていた大島海峡の海。しかし、清掃活動でメンバーが見たのは、空き缶やペットボトル、自転車からオートバイ、タイヤまでが投げ捨てられていた目をそむけたくなるような海底だった。地道な清掃活動は続いた。やがて少しずつ海底からごみは消えていった。「海を守る会」が海底から引き揚げていくごみの山を見て住民たちの意識も変わっていった。

回復傾向が見られる大島海峡のサンゴ

 「海を守る会」の新しい取り組みはさらに続く。次に手掛けたのは、海の健康度を調査するリーフチェックだった。これは、サンゴ礁が持続可能な方法での管理を目指す国際プログラムであり、海底調査などでサンゴの被度や個体数を把握し、その保全活動につなげることができる。
 「1996年頃に新聞を見て、そのことを知りました。与論島のほうでリーフチェックが始まっているのでさっそく電話し、資料を取り寄せました。そして行政から補助金を出してもらうことも確約したのです。リーフチェックには専門の研究者が必要でしたが、幸い、会のメンバーに研究者の知り合いがいて、その問題も解決しました」と迫田氏。
 このリーフチェックは現在も継続され、次世代のチームリーダーや科学者を育成するために専門の講座も開催されている。またリーフチェックと共にサンゴを捕食するオニヒトデの駆除も実施した。最近のリーフチェックでは夏季の高海水温によるサンゴの白化現象や台風による破損などの影響は少なく、回復傾向が続いているという。

大島海峡のサンゴ礁

大島海峡のサンゴ礁

次世代に受け継がれる環境保全活動

 今、「海を守る会」は次世代に受け継がれ、迫田氏は顧問としてその活動を見守っている。現在の会長は祝 隆之氏。瀬戸内町でマリンショップやクロマグロの養殖等を手掛けている。メンバーの中では最も若い同氏もこの町で生まれ、育ったが,ある期間、町を出て他県の海を見てきた。その経験の中で大島海峡の素晴らしさを再認識したという。
 「何より大島海峡の利点は波が穏やかであること。風が強くてもどこかで波が強くない場所があります。たとえばダイビングでも、東が強ければ西へ、北が強ければ南へというように、完全にクローズになりにくいところが魅力です」と祝氏。さらに同氏は、この海峡が持つ豊かな表情を強調する。
 「海峡があることで一気に深くなる箇所もあれば浅いままの場所もあります。他の海であれば、相当沖まで移動しないと深い場所に到着しませんが、ここはビーチから泳いで数分で水深20mや30mの海に行けるのです。また潜れば見事なサンゴが群生していて、水面に出れば山があり、目に映る風景も多彩で飽きることはないでしょう」
 そんな海峡をさらに次の世代に残すために、このコロナ禍においては、収束後を視野に入れ、今まで以上の規模で海底の清掃に取り組んだ。活動に参加したのは延べ人数で約400人。ダイビングポイントを中心に行われてきたが目標とした箇所の清掃はほとんどを終え、4トンにもなるごみが引き揚げられた。
 「海を守る会」の活動のバトンが今、次世代にしっかりと継承されていることに安堵する迫田氏。
「今までこの会に携わってきた全員の協力に心から感謝しています。そしてその意志を継ぐ若い人たちが、これまで以上に美しい大島海峡を守ってくれると信じています」
――そう話す氏の眼差しはこの海峡に穏やかだった。

祝 隆之 氏

祝 隆之 氏