子どもの貧困 ~私たちにできることは~ 貞静学園 理事長 奥明子

2022.8.31 掲載

子どものいのちの尊さ

人の命は何ものにも変えられないこの世で一番尊いものです。子どもの命がどれだけ価値があるのか、どれほどの人がわかっているのでしょうか。

日本は少子高齢社会が進み、毎年、出生率が前年度より減少するというデータが発表されています。子どもは国の宝です。国の未来を背負って新しい社会をつくっていく担い手であります。子どもの出生率の減少は、国の宝がどんどん少なくなっていくことを意味しています。

また、子どもが保護者の虐待で亡くなったり、保護者が子どもを何日も放置して餓死させたり等々、日々、悲惨な事件が起きています。なぜ親は子どもの命が自分の命とは別ものと考えることができないのでしょうか。

『子どもの貧困』は、国の宝である子どもたちの将来の夢が閉ざされかねない、あるいはすでに閉ざされている状況を示しています。子どもの貧困状況を打開するために、国を挙げて、自治体、そして私たちが協力して方策を考えなければなりません。子どもが自分の将来に夢をもって生きて行ける社会に、そして皆が暮らしやすい社会になれば、自然に出生率も上がるのではないかと思います。

SDGs17の求めるもの

『子どもの貧困』は、今、全世界的に取り組んでいる持続可能な開発目標[SDGs]の17項目の中にも挙げられています。[SDGs]とは、貧困、不平等・格差、気候変動(温暖化等)による影響など、世界の様々な問題を解決し、全世界の人たちにとってより良い世界をつくるために設定された、世界共通の17目標です。これは、2015年9月に「国連持続可能な開発に関するサミット」がニューヨークで開催された時、「世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が世界各国の政府により採択され、その中に[SDGs17]の目標が示されています。この目標を2030年までの15年間で達成することを目指し、全世界が2016年から取り組んでいます。

“すべての人に平等に自由を保障するためには、生存と生活が保障される必要がある”とは当たり前のことであり、日本国憲法第25条にも「すべて国民は健康で文化的な生活を営む権利を有する。」とあります。
しかし現実には世界の至るところで、特に途上国では多くの子どもが、きれいな水、教育、栄養等が不足し、自分の考え、希望や夢すら持てない状況下で暮らしています。

ユニセフの支援活動

ユニセフは、多くの人々から寄付を募り、その寄付により、世界153カ国、1億600万人の子ども達が水と栄養の支援を受け、500万人の子どもが重度栄養不良の支援を受けています。さらに、870万人の肺炎の疑いのある子どもが抗生物質の投与を受け、19億回分のポリオやはしかなどのワクチンを接種でき...、等々、ユニセフは地道かつ世界規模での支援活動を行っています。1)

内閣府の子どもの貧困調査

内閣府は、2021年末「令和3年度子供の生活状況調査の分析報告書」を発表しました。内閣府のこの調査は、子どもの貧困が家庭の状況と密接に結びついていることから、親の経済状況や就労状況、子どもとの関わり方も調べるために、子どもだけではなく保護者も対象とし、また、子どもは中学生のみを対象として調査をしています。この調査報告書では、等価世帯収入(※1)の水準が「中央値の2分の1未満に該当する」貧困の問題を抱えている世帯を「貧困層」、「中央値の2分の1以上で中央値未満」に該当する貧困の課題を抱えるリスクの高い世帯を「准貧困層」と捉え、分析を行っています。

先ず、経済的な状況の回答を見ると、「准貧困層」は全体の36.9%、「貧困層」は12.9%となっていて、「ひとり親世帯」では、「貧困層」が50.2%、「母子世帯」では「貧困層」が54.4%、シングルマザーの世帯は過半数以上が貧困の問題を抱えているという憂慮すべきデータが出ています。

保護者の学歴による違いについても、母親、父親ともに学歴が高いほど「貧困層」に該当する割合が低いことも調査に表れています。また、進学希望を聞いた設問で、「高校まで」と答えた子どもの理由は、「家にお金がないから」が7.8%、「早く働く必要があるから」が7.3%でしたが、「貧困層」ではそれぞれ15.6%、14.7%と2倍近くになっています。保護者の経済状況により子どもの進学の機会も狭められ、結果として子どもが経済的に豊かになる可能性にも影響し、「貧困の連鎖」が生まれやすい状況にもなっています。2)

子どもの貧困対策の推進に関する法律

政府は「子どもの貧困」対策として、2013年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」を施行し、さらに2014年に「子どもの貧困対策に関する大綱について」を閣議決定しました。大綱には①教育の支援、②保護者の就労支援、③生活支援、④経済支援、が織り込まれ、すべての子どもが夢と希望を持って成長していける社会の実現を目ざす、としています。この法律は、5年を目処に見直し検討するとしていて2019年さらに具体的・詳細に改正されています。

主な支援として①教育の支援―真に支援が必要な低所得者世帯の子どもたちに対する大学等の授業料減免や給付型奨学金の実施、②生活の安定に資するための支援―妊娠・出産期からの切れ目のない支援、困難を抱えた女性への支援、③保護者に対する職業生活の安定と向上に資するための就労支援一ひとり親への資格取得や学び直しの支援等、④経済支援―扶養手当制度の着実な実施等のほかに、地方公共団体の計画策定等支援と子どもの未来応援国民運動の推進等が含まれています。家計の困難な家庭の子どもを対象として、2020年度から開始された「高等教育の就学支援新制度」の実施も大きな一歩と考えられます。また、貧困対策の項目に挙げられている②の「親の妊娠・出産期、子どもの乳幼児期における支援」と③「保護者の支援」を、積極的に進めていくことが少子化対策にもつながっていくと考えられます。

私は、以前、ある月刊誌に「子どもの貧困」問題を取り上げ、政府が「子どもの貧困対策に関する大綱について」の法律を制定したとしても、なかなか国民の理解を得るのは難しく、方策に具体性を持たせなければ実現は難しいのではないかという意見を書かせていただいたことがあります。今回、2019年の「子どもの貧困対策の推進に関する法律の一部を改正する法律」は、政府が地方公共団体に計画策定支援と、NPO法人等が参画し、「子供の未来応援国民運動」を全国的に広げ実施していくことが法制化され、やっと具体的に進められるのではないかと思います。(子供ではなく子どもを使用)

子ども食堂と応援活動

2015年頃からNPO法人や、地域の人たちによって運営が本格化した「子ども食堂」が、今、全国的規模で広がっています。子ども食堂の開設は月に1回が多く、次に月に2~3回、そして週に1~2回で、金額は無料と有料(子どもは1回につき100円ぐらい)で、支援する団体も銀行、企業、一般の人等増え、子どもの貧困対策活動が広がっています。

東京都文京区の取り組み

ここで、文京区が全国に先駆けて実施した「子ども宅食」事業について挙げさせていただきます。先述した法律の一部改正に掲げられている、地方公共団体の計画策定等支援、子どもの未来応援国民運動の推進等の一つと考えられます。

(※2)文京区の成澤廣修区長は『子どもの貧困』問題で、「子ども食堂」が全国的に広がってきたとはいえ、周囲の目が気になりなかなか「子ども食堂」に行けない子どもの家庭に、文京区の「ふるさと納税」を利用して「子ども宅食」事業を考え、文京区内の就学援助を受けている家庭にお弁当を配食するサービス」を始めました。

文京区は都23区で一番離婚率が低く、特別区民税の収納率が99%と16年連続で23区トップだそうですが、「子どもの貧困」は存在していて、「子ども宅食」で食料を届ける家庭が周りから貧困家庭だと思われないように、また行政が全面的に出て食料を届けると、貧困家庭が周囲の目を気にする懸念があるという配慮から、同区が2018年からNPO法人と協働で宅食サービスを進めているとのことでした。ふるさと納税の有効活用といえます。3)

子どもの貧困対策は国民運動で

国をはじめとして自治体が加わり、積極的に企業・NPO法人等と協働し、必要経費を支援する等、皆が真摯に取り組んで行かないと『子どもの貧困』問題の解決は難しいと考えます。一人ひとりが、自分もやるのだ、出来るんだと考え頑張って国民運動につなげ広げていくとともに、親が親としての自覚を持ち、子どもと一緒に周囲の支援を受け貧困から抜け出す努力をしていけば、子どもが将来に夢を持つことができるのではないでしょうか。その一歩が始まっていると思います。

(※1)各収入の選択肢の年間収入の中央値をその世帯の収入とし、同居家族人数の平方根で調整したもの
(※2)文京区の成澤区長は、子育て支援に力を入れ、2011年3月東日本大震災時の避難所での教訓をもとに、2013年日本で最初に「妊産婦・乳児に特化した避難所」を文京区内4大学(含貞静学園短期大学)と協定を結び開設しました。協定した4大学は哺乳瓶・粉ミルク・液体ミルク、分娩器具に至るまで預かり、定期的に区職員が交換に来ています。後方支援として順天堂大学医院、東京都助産師協会が入り、災害突発時には協力して動く体制を整えています。

〈引用・参考文献〉
1)ユニセフHP:2020年1月~12月の支援実績
2)東洋経済education×ICT編集部:子どもの貧困、内閣府の「初の全国調査」で見えた悲痛な実態 (2022.2.15.)
3)文京区:「子どもの宅食プロジェクト」

学校法人貞静学園  理事長 奥  明子

学校法人貞静学園 理事長 奥 明子

【プロフィール】

明治大学大学院文学研究科英文学専攻博士課程前期修了
現学校法人貞静学園理事長
前貞静学園短期大学学長

内閣府男女共同参画推進連携会議議員(2017年10月~現在)
東京都私立短期大学協会常任理事(2020年5月~現在)
日本私立短期大学協会常任理事(2020年5月~現在)
大学・短期大学基準協会評議員(2020年5月~現在)
文部科学省高等教育局「全国学生調査」に関する有識者会議議員(2020年4月~現在)
警視庁大塚警察署協議会委員(東京都公安委員会)(2021年6月~現在)