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2050年カーボンニュートラルの実現に向けて グローバルリーダー・カンパニー CDPAリスト受賞企業が代表スピーチPart2
  • 取材/環境ジャーナリスト 明石純子

  2020年、今年も早々に真夏のような暑さが続いた6月初旬、まるでお祭りのように人が賑わう田んぼの一角があった。初夏の田園風景の中、そこだけが唯一、田んぼの上に太陽光発電が張り巡らされていた。その田植えのために口コミで多くの人々が集まっていたのだ。その中で一際、大きな笑い声を飛ばす大きな人がいた。少し甲高い声で、その輪の中心にいた白い歯と笑顔の際立つ存在感のある男性。それが今回取材させていただく小山田大和さん(40)である。告知するでもなく、宣伝をするでもなく、彼に多くの人々が応援しに来てしまうのはなぜか。その活動と真髄を取材できればと思う。

 私が小山田さんと出会った、いや見つけたという方が正しいのかもしれない、そのきっかけは2020年コロナ禍で行われた「みんな電力」が配信した“顔の見える発電所”というウェビナーである。「みんな電力」は自然再生エネルギーを中心とする電力会社で、“どこの誰がどのように作った電力を供給するのか”消費者が選べる仕組みになっている。近年流行している“顔の見える農作物” 同様、“顔の見えるエネルギー”の選択ができるシステムを取り入れている。「みんな電力」がエネルギー生産者の状況を聞きながら、現場をツアーできるZoomイベントを開いていた。
 そこで、「人生に乗り越えられない壁はない。絶対に乗り越えてみせる。自然再生エネルギー100%の社会をつくり上げてみせる」という言葉を発した人物が、農業と太陽光発電を組み合わせたソーラーシェアリングを事業化なさっている小山田さんであった。この人に会いたい。この人を取材したい。そう感じた一言一言には実践者としてのエネルギーと魂が乗っていた。

農業と自然エネルギーを解決の道へ

 小山田大和さんが活動の拠点としている小田原市は、温暖な気候、海と山とに囲まれた自然の恵があふれる地域である。この土地は昔からみかん栽培が盛んだった。最盛期の昭和40年代、小田原の山々はオレンジ色に染まっていた。しかし現在、みかん山を初め、田畑は耕作放棄地が多くみられ、以前のようなオレンジ色の山も緑豊かなの田んぼの風景も減少傾向にある。みかんの価格低迷、農家数の減少、オレンジ牛肉の自由化、少子高齢化による後継者不足など多くの問題が混在し、耕作放棄地と化している。小田原市には、約169ヘクタール東京ドーム35個分に相当する耕作放棄地が存在する。
 小山田さんが代表を務める小田原かなごてファームは、そんな日本の農業や林業における耕作放棄地の問題とエネルギーの問題を解決するためにできた。
 「耕作放棄地」=おひるねしていた畑や田んぼ、山々にもう一度新しい価値を吹き込むことで、地域の活性化の起爆剤となることを意図して立ち上げた。要は、地域の中で負債のような何の価値もないと思われるものも、見方ややり方を変えれば宝の山ではないか、もう一度見つめ直し、地域の中での位置付けをしっかりとしていきたい。」

日本UNEP協会 代表理事 鈴木基之氏合同会社小田原かなごてファーム
代表 小山田大和さん

問題解決の二本柱

おひるねみかん畑
 はじめは小田原の耕作放棄地寸前のみかん畑を借り受け、農薬や除草剤を一切使わない自然栽培によるみかんを、市民や学生を巻き込み栽培し始めた。その後、仲間と共に合同会社小田原かなごてファームを事業化。収穫したみかんはジュースやサイダー、ゼリー、ジェラードなどに加工し、生産から加工販売までを行う6次産業化を実現した。「おひるねみかん」ブランドは、耕作放棄地の問題を知って欲しいと言う想いからつけられた名前。今では、ジュースを買えばみかん畑を支援できるストーリーや想い、その価値が伝わり、ふるさと納税やみんな電気の返礼品になっていたり、地元のお店や最寄りのインターチェンジなどでも販売されていたりする。

日本UNEP協会 代表理事 鈴木基之氏

ソーラーシェアリング
 ソーラーシェアリングとは、太陽の光を太陽光発電と農業で同時に活用する方法で、ヨーロッパの農地では盛んに用いられている。しかし、日本ではまだその数は少なく、特に、日本の農業の主流である田んぼで用いられることはまだほとんどない。神奈川県でも小山田さんの田んぼが唯一である。農産物の低価格化が進んでいる日本の農業の現実を電力発電を兼業することにより、安定した収入の増加を見込め、第一産業の安心と後継者を促進することにも寄与する。

 順風満帆に見える小山田さんの事業ではあるが、ここまで来るのには並大抵でない努力と経験があった。2018年に初めて建てた太陽光発電のパネルは、発電をしないうちに台風24号で崩壊。
 「田んぼという軟弱地盤に建てたから、そらみたことか!できないじゃないか!って言われたくなかった。自然エネルギーはダメなんだと判断されたくなかった。絶対に、この国のモデルケースを作って社会を変えるんだってあの時に、強固なまでの決意に変わった。構造計算、再発防止、事故が起こった原因を突き詰め、10ヶ月後に再度建築し直した。もう、そうは言わせない。失敗があったから、これからつながる人にも、確たる提言をできるようになった。」
と、小山田さんは言う。
 そこまでも、熱い想いを持ち続け、彼を突き動かしているのは何なのだろう?

幼少期〜郵便局員へ

 1980年神奈川県海老名市に生をうける。父親は警察官、厳格な教育熱心な母親。時代もあるとは思うが、ホワイトカラーを当たり前とした教育をうける。
 「前々から、環境が好きとか、農業が好きとかではなかった。どちらかというと嫌いな部類、CO2削減とか何で言っているのか、意味もあまりわかってなかったかもしれない。」
 そう小山田さんは振り返る。厳格な教育熱心な両親に育てられ、幼い頃からの夢は教育者になることだった。教育者になるために勉強を続け、小田原市の私立高校の社会科非常勤講師として赴任。しかし、常勤講師にはなかなかなれなかった。家族のいた彼は安定した郵便局員を選んだ。郵便局では保険の営業を担当し成績優秀で表彰もうけるほどであった。「もし、あのきっかけがなかったら、おそらく今も郵便局員でい続けた」と言う。

小山田さんを変えた出来事

 そのきっかけとなったのが、2011年に起こった東日本大震災。関東大震災の震源地である小田原市松田町。ブラウン管の向こうに写るその光景は、他人事ではなかった。そして、地震後に起こった原発事故。それが彼の人生を変えた。それまで、農業のことも環境のこともエネルギーのことも何も考えてなかった。水があって当たり前のように、空気があって当たり前のように、原発があって当たり前に捉えていた。それが根底から覆るできことだった。
  その時、学生時代から師と仰ぐ小田原商工会議所会頭、鈴木悌介さんから話があると呼び出される。「世の中の経営者・経済界の人々は原発がなければ経済が回らないとか国富が流出するとか言っているけど、僕はそうじゃないと思うんだ。逆に、原発のない社会を作りたい。ただ言うだけでなく、実践者として訴えていきたい。一緒にやらないか」と言われた。地元の名士が原発の問題に切り込んでいく姿勢に感動し、初めて原発というものと向き合った。ひどい状況になっている気候変動のことや、エネルギーの選択が重要なことなど多くを勉強した。いろいろな考えがあることもわかった。それでも、原発に頼らない社会を作り上げたいという想いは、彼を突き動かした。反対運動も当時はあちこちで起こっていたが、そういう運動をすることより、原発に頼らない代替エネルギーを提案できる実践者として動いていくことが解決に向かうのだと動きながら確信に変わっていった。

100年後も続く社会へ提言 〜地域小規模分散型発電へ

 「気候危機が現実のものとなっている今、自然エネルギーに代替しなければならない。大型に走るのではなく、それぞれの地域で小規模でできることから、足元から始めることが重要。食料もエネルギーも地産地消であるべきだ。ソーラーシェアリングは、エネルギーの問題、耕作放棄地の問題、農業継続、食料自給率、雇用、地元の経済を活性化すること、気候危機、多くの問題を同時に解決できる提案になるんだ。実践者として、理想論者でなくモデルを作る使命を僕は担っている。ほらできるよって姿で提案していくしかない。農業も自然エネルギーも地産地消で社会を守る姿を見せる。グローバルな問題を解決していくには、自分たちができることをローカルでやっていくこと。それしか解決はないと思っている。“義を明らかにして利を計らず”人として正しい道をしっかりと突き進んでいけば自ずと利益は後からついてくると思っている。乗り越えられない壁は絶対にない。自分にできることは、その人その人の前に必ずあると思うし、僕たちはできるって信じているんだ。未来に希望しかない。」
 そう言い切る実践者の小山田さんの力強いお言葉と行動や想いに、共感し、感銘を受け、行動に移す方が多いのだと実感した取材となった。
 奇しくも11月19日に「気候変動非常事態宣言決議」が自民・立憲・公明・共産党などの賛成多数で可決した。
 気候危機が待ったなしで解決へ向かわなくてはならない人類の分岐点の今。原発に頼らず、石炭やガス・石炭発電のような過度にCO2を排出して未来に負債をつくっていくエネルギーの作り方はもう終わりにしなければならない。だからといってメガソーラーのような大型森林伐採といった違った問題を孕んでいるものを選択するのでもない。地域小規模分散型発電は我々のエネルギーのあり方や、日本の核たる食や第一産業を守る意味となる。実践者小山田さんの提案は大きな一石をこの社会に投じているのではないかと思う。エネルギーも農産物も地産地消の社会を構築していく必要がこの日本を守ることになるのではないであろうか。

■ 合同会社小田原金鏝ファーム
https://odawarakanagote-farm.com/

■ 環境ジャーナリスト 明石純子
「100年後の未来につづく地球人」
(YouTube)
https://www.youtube.com/channel/UCwqLKkk8sTAFlj30zidoMzA?view_as=subscriber