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世界の水問題に挑む東レが、海水淡水化のイノベーションを加速

'TORAY' Innovation by Chemistry

創業以来、受け継がれるサステナブル思想

  •  1926年、レーヨン糸の生産会社としてスタートした東レ株式会社。以来、基礎素材メーカーとして、新分野・新素材の開拓に励み、創業時の繊維に加えて、樹脂、ケミカル、フィルム、さらには炭素繊維複合材料、電子情報材料、医薬・医療、水処理・環境といった様々な分野において多くの先端材料、高付加価値製品を創出してきた。
     それらの活動のベースにあるのは社是となる「社会への奉仕」。それが1986年に制定した企業理念「わたしたちは新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」へと繋がり、2018年7月に策定した「東レグループ サステナビリティ・ビジョン」にも受け継がれている。
     同ビジョンでは気候変動対策や持続可能な循環型の資源利用、さらに医療の充実と公衆衛生の普及促進、安全な水・空気の供給などと急務な解決が求められている課題へのチャレンジを続けている。その中で注目したいのは、水への大胆な取り組みだ。
  • 東レの逆浸透膜を使った海水淡水化プラント

創業以来、受け継がれるサステナブル思想

 気候変動の危機に加え、産業化や人口増加によって水不足の問題は深刻化し、乾いた土地に住む何百万という人々が死の危機に直面している。最新調査によれば、世界で40億人が年に1ヶ月間は深刻な水不足に悩まされ、それは年々悪化の一途をたどっている。年間を通じて水不足に苦しむ人々は5億人にも達し、国連の国際資源パネルは、2030年までに増加する水需要に対し供給が40%不足すると警鐘を鳴らしている。
 新興国では安全な水への対策も急務で、世界保健機構(WHO)の推定によれば、年間で5歳以下の児童361,000人が不衛生な環境や汚水によって白色赤痢に罹るといわれている。
 飢餓や貧困の撲滅、環境保全や気候変動対策などを掲げるSDGs(持続可能な開発目標)に水不足に関する内容が入っていることからも、この問題の重要性を推し量ることができる。

 また世界銀行のグアンゼ・チェン氏(水グローバル・プラクティス、シニア・ディレクター)は「水不足への対策が進まなければ、他の目標も達成がおぼつかない」と語る。さらに世界銀行の予測では、世界の食糧需要は今後15年で少なくとも20%は増加。様々な産業のうち水資源の70%を消費するのが農業であるため、水不足は農作物不作による飢饉頻発のリスクも示している。そのため地域間で水争奪戦が起こる可能性もあり、とくに中東、サハラ以南のアフリカ、東南アジアでその懸念が高まっている。

海水を蒸発させずに塩素イオンを除去

 こうした水不足問題の解決の切り札として期待されているのが、海水を淡水に変えるろ過技術になる。そのステージで東レは優れた分離膜技術を応用し、今も世界の先端を走っている。

 従来、海水淡水化は、石油などの燃料を燃やし海水を蒸発させて塩分を取り除く「蒸発法」によって行われてきた。しかし、蒸発法は大量のエネルギーを消費するとともにCO2の排出量を増加させてしまう。東レは、海水を蒸発させず特殊な膜を使って塩分を取り除く「逆浸透膜」を開発した。水だけを通す膜で仕切った容器の片方に真水、もう片方に物質を溶かした水溶液を入れると、両方の濃度を同じにするように水だけが濃度の高い方に移動し、その結果片方の水面が上昇する。その水面に圧力をかければ上昇を止めることができるが、その場合の圧力を浸透圧と呼ぶ。逆に、浸透圧以上の圧力を水溶液にかければ、溶けた物質が取り除かれた真水が膜を通して得られる。これが逆浸透膜の原理である。
この逆浸透膜を使えば温暖化対策にもつながる。2018年に世界銀行が発表した「中東と北アフリカの水不足」という報告書には、逆浸透方式による海水淡水化は加熱蒸発方式の1/5の省エネになるという記載がある。その報告書には「高性能の次世代型脱塩膜の開発は大きな前進」、「脱塩性能の高い分離膜は水質を高めるだけでなく、(中略)省エネとコスト削減につながる」等が述べられている。

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