人類の明るい未来のつくり方 ~ウクライナ危機と気候危機とエネルギー危機の位相~ (古屋 力)

2022.4.16 掲載

1.春の夢想

随分と春らしい季節となりました。毎朝、鎌倉の山奥の拙宅から近所の瑞泉寺まで早朝散策をしておりますが、最近は、鶯の囀りを聴ききながら、誰1人いない静かな参道を歩きながら、路傍のハナニラ等の草花や春爛漫の桜を愛で、のんびりと散策を楽しんでおります。早朝散策の途上、よくいろいろなことを考えます。いろいろな夢想が脳裏に浮かびあがってくるのもささやかな楽しみではあります。

「たられば(shoulda woulda coulda)」話で恐縮ではありますが、今朝の春の夢想をご披露します。いま不毛なウクライナ戦争で費やしている戦費と人材(ロシア側とウクライナ側総計で膨大な軍事予算と人間の命を消耗中)を再生可能エネルギー増設と植林に振り向けるだけでも、どんなにか人類の明るい未来構築に貢献できることか?

いま不毛なウクライナ戦争で温室効果ガスを大量排出している火器の使用を控えることだけで、どんなにか人類の明るい未来構築に貢献できることか?いま不毛なウクライナ戦争で費やしている科学技術やパッションや智恵(含む;プーチンおよび取り巻きの悪智恵や情念)を、むしろ世界の温暖化政策が強化に活かしたら、どんなにか人類の明るい未来構築に貢献できることか?そんな夢想をしている今日このごろです。しかし、実は、この夢想は、あながち「反実仮想」ではないような気がしております。以下、この夢想が「反実仮想」ではない可能性を念頭に、ウクライナ危機と気候危機とエネルギー危機の位相を軸に、すこしばかり、人類の明るい未来につき、ささやかな思索を試みたいと思います。

2.「ウクライナ危機」というdouble faultの悲劇性

おそらく誰でもご存知であろうテニスの基本ルールに「ダブルフォルト(double fault)」があります。1打目のサーブが、フォルトになった場合、サーバーは、サーブをもう1度打つことが認められています。2打目のサーブもフォルトすると、ダブルフォルトとなり、サーバーは、そのポイントを失います。

コロナ禍の気候危機時代に勃発した今回のウクライナ危機は、悪手のセカンドサーブであり、もはや次がない人類にとって、あってはならなかった痛恨のダブルフォルトに思えてなりません。おそらく、周囲も油断しなければ避けることができたはずのミスです。しかも、そのたった1球のサーブミスだけで、無期出場停止になってしまうほどの深刻で致命的な悲劇なのです。なお、ここで留意しなければならない点は、無期出場停止になるのは、ロシア一国ではなく、全人類だと言うことです。このフォルトは、プレイヤーのロシアの為政者だけの責任追及や制裁で済まされる問題ではなく、人類共通の深刻で憂慮すべき連帯責任問題である点です。1人の狂人の独善断行だとして責任転嫁し決着することですまされない問題である点です。そして、この悲劇が、テニスコートではなく、代替がきかない地球という惑星を舞台にして起きてしまった点です。今回のフォルトは、人類全体が、この地球という舞台から永久退場宣告を受けるほど深刻で致命的な問題なのです。

では、なぜ、現下のウクライナ危機が、それほど深刻で致命的な悲劇なのか。それには理由があります。実は、その理由は、「核」と「気候危機」という2つの悲劇性にあります。

3.ウクライナ危機における「核」の悲劇性

今までは使ってはいけない兵器だった「核」をハードルを低くして使う危険性が、ウクライナ危機を機に露呈しました。ロシアが「核恫喝」を行うのは今回のウクライナ危機が初めてです。ロシアは「ロシアの死活的な利益が脅かされた場合は核を使う」と公言し、小型核の先制使用すら明言してます※1。ロシアの持論である「エスカレーション抑止論」は、最初に限定的に核兵器を使用することで相手の軍事行動を停止させるという身勝手な詭弁です。米国や中国の2倍の広大な国土面積を持ち、人口は日本程度で、経済力は韓国程度しかない一方で、核を含めた軍備だけは増強しているロシアが「窮鼠猫を噛む」よろしく「国が広すぎる。金もない。だから核を使うしかない」と開き直ってる訳です。この独善的かつ幼稚な思考には「窮鼠(cornered rat)」特有の底知れぬ狂気すら感じます。もはや正気の沙汰ではありません。

方や、中国は、中距離核戦力全廃条約(Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty;INF Treaty)※2によって米露が手を縛られていた隙に、すでに中距離核ミサイルの開発・配備を猛烈に進めており、さらに、北朝鮮も、米国全土すら射程に入れる核ミサイルを着々と準備しています。

最初は核兵器使用の脅しから始まったものの、一旦戦争において核兵器を使用すれば、ドミノ倒しのごとく、雪だるま式に核兵器の大量全面使用に至るエスカレーションを経て不可逆的で破滅的な結果につながる悪夢のrealityを纏った悲劇性が、ウクライナ危機によって図らずも露呈してしまったのです※3

あってはならない想定ですが、このウクライナ戦争が、これで終わらず、ウクライナ国外にまで波及してしまう可能性も視野にいれておくことが肝要です。いまのプーチン(Vladimir Vladimirovich Putin)大統領なら、北大西洋条約機構(NATO)非加盟の旧ソヴィエト連邦構成国のモルドヴァやジョージアなどに部隊を送り込み、かつてのソ連時代の領土奪還を試みる可能性や、さらには、ロシア沿岸の飛び地カリーニングラード(Kaliningradskaya oblast)※4との陸上回廊を確立するため、リトアニアなどNATO加盟国のバルト三国に派兵する可能性もまったくゼロではありません。そして、その軍事侵攻作戦上に、短射程の戦術核使用が入らないとは断言できません。むろん、杞憂ならいいのですが。

仮に、バルト三国やポーランド等のNATO加盟国まで軍事侵攻し、その際に、仮に小規模であったにせよロシアが戦術核を使用する場合、そのこと自体が、米ロ間の直接的な核戦争の火ぶたをきることを意味します。そして、それが、燎原の野火のごとく、世界中に潜在的にくすぶっている領土問題に飛び火して、東アジアを含むインド太平洋等、世界各地で、核兵器を伴う武力による一方的な現状変更が、同時多発的に勃発することで、「第3次世界大戦」の忌まわしき導火線になることを、大いに危惧します。こうした悪夢のようなシナリオが、すべて実際にありうることとしてrealityを纏って危惧され始めた端緒が、今回のウクライナ危機であり、そこに、おぞましき「核」の闇の深淵と悲劇性があるのです。

※1 プーチン大統領は2022年2月7日、フランスのエマニュエル・マクロン大統領との会談の際、「ロシアは核保有国だ。その戦争に勝者はいない」と発言。また2月24日のウクライナ侵攻当日にも「邪魔を試みる者は誰であろうと、歴史上類を見ないほど大きな結果に直面する」と言及。いずれも核兵器使用を示唆している。加えて、プーチン大統領は、2月27日には、西側による経済制裁に対抗しても、核戦力を含む軍の核抑止部隊に任務遂行のための高度な警戒態勢に以降するよう指示し、核報復をロシアが本気で考えていることを示した。

※2 当該条約は2019年8月2日に失効したが、方や同年6月28日に行われたアメリカとロシアの首脳会談で、「21世紀の軍備管理モデル」の検討を開始することで一致、新たな核軍縮の枠組みの模索が始まっている。しかし、現下のウクライナ危機もあり、今後の見通しは不明。ちなみに、現在両国が保有する核弾頭搭載可能なミサイルは、共に、ロシアの北岸から米国とカナダの国境までの距離にあたる5,500km以上の射程を持つ戦略核か、逆に500km以下の射程でNATO諸国領域からモスクワに、あるいはロシア領域からロンドン、パリなどNATO域内の主要都市に到達できない短射程の戦術核に限られている。

※3 国際政治学者のイアン・ブレマーは、いまの事態を「キューバ危機2.0」と呼び、以下のように核戦争の可能性を警告している。「どんな政治的決断においても、今後は核の対立の可能性を考慮しなければなりません。世界大戦の可能性はある。本当に弱ってしまう。ポストモダンとかグローバリゼーションでもない。80億人の人間の命がかかっている」ちなみに、「キューバ危機」とは、旧ソ連が1962年、米国の鼻先であるキューバに攻撃用ミサイルを持ち込んだ核戦争の瀬戸際だったとされる事件。

※4 戦後、ソ連時代のカリーニングラードは、特に軍事施設の集中した地域となり、「ソビエトの不沈空母」とさえ呼ばれていた。その後、ロシア時代になり、ロシア連邦ボリス・エリツィン大統領からは、1945年のヤルタ会議の計画に従ってポーランドへの譲渡されるべきであるとの発言もあったが、1996年にポーランドのNATO(北大西洋条約機構)加盟申請以降、この発言は撤回された経緯がある。ちなみに、リトアニアのカロブリス国防相は、2017年5月、「ロシアがカリーニングラードに核兵器を配備した」と述べている。

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