「気候と環境の非常事態」の時代における大学の役割

2022.3.4 掲載

 スウェーデンの少女、グレタ・トゥンベリは2018年8月20日に一人で国会前に座り込み、気候や環境の非常事態を示す科学的証拠は山のようにあるのに、根本的解決を目指す政策が取られていないことに抗議した(How dare you, よくもそんなことができるわね!)。彼女の質問“私たちには未来が無いのになぜ学ばなければならないの(Why should we study when we have no future?)”に大人は、大学人は特に、誠実に答えなければならない。

一つの答えは学ぶというのは将来への投資であると同時に消費でもあるから今は学ぶことを楽しんではどうかというものである。更にはマルチン・ルターの言葉“たとえ明日、世界が終わりになろうとも、私はリンゴの木を植える”を持ち出すことが出来るかもしれない。しかしそんなことで若い世代の不安や不満を解消できるとは到底思われない。グレタの抗議は欧米を中心に瞬く間に広まり、2019年3月15日の第1回のグローバル気候ストライキには125ヶ国で100万人以上の青少年が参加したと伝えられている。

これは世界の世論を気候重視、環境重視へ大きく動かした。2019年だけで1000を超える世界の自治体が気候非常事態宣言を行った。大学も続々と気候非常事態宣言を行い、サステナビリティを教育、研究、運営のあらゆる課題に埋め込み始めた。高等教育機関はサステナブルな未来へ転換することにおいて中心的な役割を担っているからである。気候正義を行動計画に埋め込み、学生を変革のエージェントとしてエンパワーメントすることに先進的な大学は取り組み始めている。大学には未来を再設計するパワーがあるのである。大学は青少年に「気候と環境の非常事態」を脱してサステナブルで明るい未来を創るために共に起ちあがろうと呼びかけなければならない。

2021年11月英国グラスゴーで開催されたCOP26の後に、世界68ヶ国の1050の大学(学生数約1千万人)は2030年までに温室効果ガスの排出量を半減し、2050年までに実質ゼロ(カーボンニュートラル)にすることを誓約した。アメリカから334大学、インドから216大学、英国から125大学がこの声明に加わっている。東京都公立大学法人は既に2021年7月16日に気候非常事態宣言を発出し、2050年カーボンニュートラルの目標を掲げている。本稿では「気候と環境の非常事態(Climate and Ecological Emergency)」の時代における大学の役割についてまとめておきたい。

1. COP26とその成果

COP26開会直前にIPCCに関連する科学者約400名はCOP26の各国代表団に対してIPCC報告書など気候変動科学の最新の包括的評価を十分尊重するよう申し入れた。世界の平均気温の上昇を1.5℃以下に抑制するために残されたCO2バジェット(CO2予算)は確率50%、67%、83%に対して5000、4000、3000億トンである。現在の年間CO2排出量400億トンを仮定すると2027年から2033年までにCO2バジェットを使い切ってしまうことになる。言い換えれば2027~2033年の間に1.5℃上昇をくい止めることが出来なくなってしまうのである。これはCO2排出量を直ちに大幅に削減する必要性を示している。※1

世界の約200の国・地域が参加したCOP26の主要な成果は次の通りである。

1)排出抑制対策を講じていない石炭火力発電の段階的削減に向けての努力
2)温室効果ガスの排出量削減を国際的に取引するルールに合意
  2013年以降に出されたクレジットに限って移管を認める
3)世界の気温上昇を1.5度に抑えるための努力を追求すると決意すると明記
  2022年末までに各国で排出削減目標を再検討するよう促す
4)途上国の財源、2025年までに先進国の支給を2019年水準の2倍にするよう要請
5)2025年までに5000億ドルを拠出するなど

COP26についての評価は分かれている。不十分ではあるが進展もあったというのが大方の見方であるが、若者や科学者からの批判は強い。グレタ・トゥンベリはGreenwash Festivalと批判し、Shameful FailureやCatastrophic Failureだという声もある。CATの評価によればCOP26の約束を実行しても21世紀末に世界の平均気温は2.5~2.9℃上昇してしまうと予測されている。つまり1.5℃以下に抑制することに失敗しているのである。

一方、世界の都市の地球環境に及ぼす影響については次のようにまとめられている。都市には世界の45億人が居住し、2050年までに50%成長すると予想。世界のGDPの80%を生産するが温室効果ガスの70%を排出している。2050年までに570の沿岸都市の8億人の住民が0.5mの海面水位の上昇と増強した嵐に襲われる。16億人が35℃を超える夏の平均気温に直面すると予想されている。

昨年末に南極大陸西岸の棚氷、5年以内に崩壊の可能性と米英研究者らが発表した(CNN、2022年1月3日)。「終末の氷河」とも呼ばれるスウェイツ氷河である。面積は米国フロリダ州や英国に匹敵、そこから融け出す氷は毎年500億トン以上、世界の海面上昇の4%を占めている。海面に張り出した棚氷が安全ベルトの役割を果たしてきたが、米英の共同研究チームの観測でこの棚氷に大きなひびが入っていることが分かり、早ければ5年以内に崩壊の可能性がある。棚氷の先端は海面下の岩山に支えられているが温暖な海水によって融解し5年以内にこの支えが外れてしまうというのである。棚氷の崩壊はスウェイツ氷河全体の崩壊を招き、結局65㎝の海面上昇につながる恐れがある。従来、今世紀末までの世界の海面水位の上昇は1m程度と考えられてきたが数mに達する可能性が出てきたのである。

 気候の非常事態は健康の非常事態である。医学・医療関係の団体、機関が続々と気候と健康の非常事態を宣言している。251の医学専門誌が気候危機を警告する共同記事を発表し、新型コロナウィルスの収束を待たずに気候変動問題に取り組むことを求めている。これを無視した場合は「壊滅的」で取り返しのつかない結果を招く可能性があると警告している(2021年9月5日に228誌が発表、さらに23誌が賛同した)。※2
 温暖化の進行で熱中症関連の死者、脱水症、腎機能低下、皮膚がん、熱帯感染症、精神衛生問題、妊娠の合併症、アレルギー、心肺疾患が増加、死者も増加する。

参考文献
※1. Scientists urge parties at COP26 to fully acknowledge the latest and most comprehensive assessment of climate change science, included in the last IPCC reports.
※2. Call for Emergency Action to Limit Global Temperature, Increases, Restore Biodiversity, and Protect Health

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