「気候と環境の非常事態」の時代における大学の役割

2022.3.4 掲載

5. アドボカシーと行動主義

「気候と環境の非常事態」の時代においては科学者や大学の役割も変わらなければならない。アドボカシーと行動主義については次の論文で詳細に論じられている。※7

千もの大学が気候非常事態宣言をしているが、高等教育セクターは科学的警告の緊急さに見合った集団的チャレンジをしているとは言い難い。大学は研究、教育、それ自身のフットプリントを通してサステナビリティへの関心を高めている。しかしそのようなイニシアティブでは社会経済における必要な転換を生じさせるのには不十分であろう。なぜなら
1. 教育と研究のパスウェイにはインパクトを与えるには時間差があること
2. 現実の政治プロセスあるいは現状を維持しようとする力のどちらにも働きかけることに失敗しているからである

そこで以下のことが提案されている。大学人は論文の出版から公共行動へ動くべきであり、緊急かつ社会的転換へのアドボカシーと行動主義に携わるべきである。大学人がそうすることにおいて直面するバリヤーについて論じ、それを乗り越えるために大学が採用すべき多くの施策について論ずる。

これらの施策には、大学スタッフの公務の一部としてアドボカシーを認め、仕事の分担モデルを変更することも含まれる。研究のサバチカルを設け、雇用及び昇進政策を変更する。そしてエンゲージメントの有効性を高めるためのトレーニングを行う。大学は抗議活動を行ったり、学問の自由への脅威に対して抵抗する大学人の権利を守らなければならない。そのような行動はアカデミック・プロテストの豊かな伝統を強化し、サステナビリティの領域をはるかに超えて、例えば人種及び社会的正義や公衆の健康などの公共善への大学の貢献を高めるであろう。もちろん科学者は行動規範を守り、責任あるアドボカシーをしなければならない。

参考文献
※7. From Publications to Public Actions: The Role of Universities in Facilitating Academic Advocacy and Activism in the Climate and Ecological Emergency, Charlie J. Gardner et al, Frontiers in Sustainability, 2021年5月

6. 非常事態というフレーミングの問題

非常事態(Emergency)というフレーミングは問題解決にどれ程有効なのか。頻繁に気候と環境の非常事態宣言を行う訳にもいかず、これは十分に研究に値するテーマである。ここでは2つの論文を紹介したい。
“アントロポセン(人新世)における気候の脅威のための社会転換のフレーム”※8
この論文ではアントロポセン、気候危機、気候非常事態、気候崩壊についての文献レビューを行っている。これらのフレームがどうして必要となったのか、リスクでは不十分であったのかについて論じている。これらの新しいフレーミングが気候変動科学、市民エンゲージメント、政策対応を開放し社会転換を助けていると本論文は結論している。しかしながらどの一つのフレーム及びそれに伴う一つの政策を支持するものではなく、複数のフレーム、文脈に依存した。文化が大事と考えている。問題のフレーミング(Problem framing)は政策変更を駆動するためには核心的に重要なものである。

Google trendsで2004~2021の間のこれらの言葉の出現率を調べている。気候非常事態は2009年に出現したが大幅に増加したのは2018年以降である。過去5年間、多く使用されたのはアントロポセンで次に気候危機、そして気候非常事態である。一方、気候崩壊は2006年には出現したがその後他の用語と比べてほとんど用いられていない。気候変動をリスクの代わりに脅威・崩壊として捉えるようにコペンハーゲンのCOPからパリのCOPまでにシフトした。コペンハーゲンでは差異のある責任、正義、ファイナンスについて言及され、パリでは気候変動の現在のインパクトについて言及された。アントロポセンという用語は私たちの惑星の健康状態のスケールと複雑性をとらえていて、自然や環境はその点で失敗している。アントロポセンは新たな意味での緊急性を含み、新たな倫理的議論を要求する。これらの議論はアントロポセンにおけるデモクラシーの再定義に導く。

危機は2006年にアル・ゴアが“不都合な真実”を出版した時にピークに達し、2017年以降に再びピークに達した。非常事態は2019年にピークに達した。危機は意味の不確かな一般的に定義されていない概念であるとされている。非常事態は切迫さと危険を示している。実際には世界の2000を超える自治体と国が気候非常事態宣言を行っている

参考文献
8. Transformative Frame for Climate Threat in the Anthropocene, Margot Hurlbert, Frontiers in Sustainability, 2021年10月

7. サステナビリティにおける
非常事態フレームの政治的効果

非常事態宣言をして社会的に動員行動を呼びかけるということは民主主義の根幹に関わる問題であり熟慮が必要である。世界の2000を超える自治体や国が気候非常事態宣言をするようになり、この問題についても研究が行われるようになった。ここではそのような研究の一つについて紹介する。※9
サステナビリティにおける非常事態フレームの例として以下の4例を挙げている。

反応としての非常事態(Emergency-as-reaction)
1. オーストラリアの黒い夏森林火災(Black Summer 2019-2020)
2. インドのケララの洪水とチェンナイの“day zero”干ばつ(2018-2019)

戦略としての非常事態(Emergency-as-strategy)
3. 気候非常事態宣言(2016~現在)
4. 生物多様性非常事態(2019~現在)

非常事態フレーム(Emergency frames)をサステナビリティ・ガバナンスで使用することの結果は複雑でこれまで十分に解明されてこなかった。非常事態フレームを戦略的に採用することには議論がある。非常事態フレームの政治的効果は次の5つに分類される。
1. 一般大衆のエンゲージメント
2. 社会的アクターのエンパワーメントあるいはディスエンパワーメント
3. 公式の政治権力のシフト(shifts in formal political authority)
4. 議論の再構成(reshaping of discourse)
5. 機関に対するインパクト(impacts on institutions)

サセックス大学のNeil Vowlesは上記論文の著者ではないが、この論文に基づき次のような論説を出している。※10

CEDは世界最大の問題に取り組むのに有用であると同様に有害であるというのである。CEDは多くのポジティブな結果をもたらすが望まない結果を発生させることもある。一般市民の注目を引き付け、活動家を支援し力を与える。また若い活動家のプラットフォームを形成するポテンシャルがある。CEDは科学に基づいた行動志向の議論を強め、多くのレベルのガバナンスの団結を形成し、協同の可能性を証明したと研究者は結論している。しかし非常事態の呼び掛けによって、感情が枯渇したり(emotionally draining)、倦怠感、不安、罪悪感、恐れの感情を引き起こし、何もできないのではと市民に思わせてしまう恐れがある。ブーメラン効果のリスクもあると研究者は指摘している。
 非常事態宣言は世論を両極化させ、これは温暖化否定論者や敵対者を活躍させることになる可能性があり、CEDに付随する逆ユートピア的なイメージは市民の行動変容の妨げとなる可能性もある。CEDにより政治的決断が早められ根本的ではない表面的な問題の解決で終わりかねない恐れがあると研究者は警告している。特に問題なのは非常事態権力(Emergency Power)を危機を口実として個人の権利、議論、法の支配、民主的なアカウンタビリティーを縮小することに用いられる可能性があることである。現実のCEDで新たなステアリング・メカニズム、例えば計画や目標、参加の手続き、新たな統治団体、追加的な資源配分をした自治体は少ないと述べている。
 しかし気候と環境の非常事態宣言はwake-up callとしては有効であり、その後のカーボンニュートラル実行計画の作成や実施においては市民、学生、スタッフからのボトムアップの自発的な協力が必須である。

参考文献
※9.he political effects of emergency frames in Sustainability, James Patterson(ユトレヒト大学) et al, Nature Sustainability Vol.4, October 2021, 841-850
※10. Experts split over effectiveness of climate emergency declarations, 2021年9月3日