ウクライナ危機と気候危機とエネルギー危機の深淵 ~「化石燃料」卒業を通じた「脱炭素社会」構築に向けたパラダイムシフトへの序章~ 古屋 力

2022.7.21 掲載

6. 新たな世界 ~脱炭素社会構築による明るい持続可能な未来~

自国のエネルギー安全保障を確実に担保するためには、「化石燃料」依存体質からの「卒業」が必須不可欠な急務です。特に、日本のような典型的な化石燃料輸入国は、「卒化石燃料」が、喫緊の課題です。そのためには、省エネルギーを徹底的に進めると同時に、化石燃料の代替的な国産エネルギーとして、再生可能エネルギー100%化に向けエネルギーシフトを早急に実現することが急務です。気候危機問題解決のために必須不可欠な再生可能エネルギーの100%化による脱炭素社会構築が、それすなはち同時に、自国のエネルギー安全保障を確実に担保することにもなるのです。

再生可能エネルギーは、むろん、温室効果ガスを排出しないので、気候危機対策に大いに貢献する一方で、地産地消型国産エネルギーであることで、自国のエネルギー安全保障を確実に担保するだけなく、無料で無尽蔵にあるため、経済的にも有益で、しかも、大規模集中型で万が一事故が起きた際には、破滅的リスクも高い原子力発電所に比較して、リスクもなく、いたって穏やかな存在である。加えて、地方での雇用創生にも貢献できお金が地域に回る仕組みで、地方創生にも資する魅力的な代替手段です。

いまや、再生可能エネルギーは、技術の進歩とコストの低下により、他の化石燃料や原子力等すべてのエネルギー源を上回る急成長を実現し、多くの地域で、最も安い電源として電力を提供し始めています。過去2世紀にわたり化石燃料が地政学上の勢力図を決定してきましたが、これからの時代は、その化石燃料と同じく、あるいはそれ以上の勢いと安定性で、この再生可能エネルギーを主軸とした「エネルギー変容」も、世界の勢力分布、国同士の関係、紛争リスクを変化させ、地政学的な不安定性をもたらす化石燃料からの卒業によって、社会的、経済的、環境上の要因を大いに良化させることでしょう※23

国際再生可能エネルギー機関(The International Renewable Energy Agency;IRENA)は、2019年1月の新しい報告書「新たな世界-エネルギー変容の地政学」※24において、こう喝破しております。「再生可能エネルギーへの移行から生まれる世界は、化石燃料を基盤につくられた社会から大きく様変わりするだろう。世界の勢力の構造と体制は多くの面で変化し、国内の力関係も変容するだろう。権力は分散し、拡散していくであろう。」まさに、これからは、化石燃料輸出に大きく依存し、再生可能エネルギーに向けたエネルギーの移行に対応できない国はリスクにさらされ、影響力を失うでしょう。エネルギー供給は、もはや少数の国家が独占する化石燃料の時代のものではないのです。これからは、どの国にも平等にある、小口分散型で、地産地消が担保された、無限かつ無料の自国内の再生可能エネルギーを十分に有効に活用することで、大半の国々がエネルギーの自立性を実現できる能力をもつようになり、自国の発展と安全保障を高めることができるからです。不幸中の幸いとでも言えましょうか、今回のウクライナ戦争で明らかになったことは、「エネルギー安全保障」の重要性が浮き彫りになったことであり、「脱炭素社会構築」の加速早期実現が急務であるとの認識が世界中で一段と強まったことでした。いままでなかば諦めかけていた「パリ協定」の目標達成が、ウクライナ戦争によって、実現に向けてrealityを纏いながら、急激に加速されつつあるのです。

今や再生可能エネルギーシフトを主軸とするグリーントランジションは、EUの戦略上の最重要課題であり、欧州委員会には一層の加速が期待されております。IEAからは、現行計画のうち太陽光と風力エネルギーの計画を前倒しするだけでロシア産ガス60億立方メートルを代替できるという報告も出されております。こうした事情も背景に、いまや、ウクライナ危機を加速装置として、欧州諸国をはじめとした多くの環境先進諸国では、再生可能エネルギーを主軸とするエネルギーシフトを促進するテクノロジーとして、デジタル化とAIとのコラボレーションが、着実に進化し、具体化しつつあります。そもそも、再生可能エネルギーを主軸とするエネルギーシフトは、「脱炭素化(Decarbonization)」を念頭に、「分散化=Decentralization」をプラットフォームの前提とし、「デジタル化=Digitalization」を加速器として、「脱炭素社会」構築の切り札として、早期実現・完遂が希求されておりますが、このいわゆる3Dの要件の充足がどれ1つも欠けてはならない必須不可欠な要件であることは、もはや世界の共通認識です。

デジタル化やAI分野におけるノベーションは、日進月歩の勢いで進化成長しておりますが、まさに、これらのノベーションが、世界中で進行しているエネルギーシステムの転換を促進する牽引力となりつつあります※25。さまざまな革新的ソリューションが重要な役割を果たすことによって、いまや再生可能エネルギーは今日のような競争力のあるエネルギーの選択肢へと成長を遂げました。そして、いまもなお、再生可能エネルギーのイノベーションは加速の一途をたどっております。

太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーは、元来、天候などによって出力=発電量が変動しやすい特性があります。エネルギーシフトが普及し、その導入が進むにつれて、電力の需給安定にも大きな影響をもたらすようになっています。その対応として、気象予測や需要予測などのデータを活用して需給予測を高度化し、再エネの出力抑制や再エネ以外の電源の運用最適化と組み合わせることで、安定的な電力系統の運用をめざす工夫が不可欠となり、そこにデジタル化とAIとのコラボレーションの意義があります。発電分野では、環境問題に対応するための運転最適化や省エネへの対応、人材の不足、保安技術の向上など、さまざまな課題を解決すべく、デジタル化が至上命題となっており、センシング、データ整理・管理、データ分析・予測技術などが発展したことにより、保安技術などにおいては収集したデータによってオペレーションがさらに効率化され、それが稼働率の向上を生むという好循環のサイクルが生まれています。さらに、需給バランスを調整する新たなリソースとして、蓄電池、コージェネレーションシステム、ディマンドリスポンスといった、電力系統上に分散して存在するエネルギーリソースを、IoT技術を使って遠隔で制御することで、発電所と同じような電力量を提供する機能を果たす工夫も必要となり、デジタル化によって低コストで新しい調整力となることが期待されています。また、世界的に普及拡大の機運が高まっている電動車と電力系統をつなぎ、電動車に蓄えられた電気を遠隔制御で系統に放電(逆潮流)することや、逆に系統から充電にすることなどによって、需給バランスの調整に活用する「V2G(Vehicle to Grid)」技術の開発も始まっております※26。加えて、消費サイドでも、小売分野では、スマートメーターが、デジタル化の代表例として注目されております。通信回線を利用して自動的に電力使用量を送信するスマートメーターは、これまで人力で行われていた検針作業の省力化につながるのはもちろん、スマートメーターから得られるデータを活用して新しいビジネスを創出することも考えられ、利用者にとっても電力事業者にとっても、さまざまなメリットが得られると考えられます。また、スマートメーターからの情報は電力事業者だけでなく、自治体や他分野の事業者にとっても有益な情報です。電力使用状況を基にした高齢者の見守り、空き家の把握、再配達業務の効率化など、さまざまな活用ニーズがあると考えられています。今後、さらにデジタル化は進み、デジタル+AI分野で、さらに新しい技術も次々に開発されていくことが期待されております。これからデジタル社会の登場で、新しい技術の登場により、さらなる効率性や機動性を追求が進む一方で、いままで以上にさらに広域的につながる社会が出現することでしょう。そして、2030年には再エネの導入がさらに進み、電力分野にもさらに多様なプレーヤーが参加することが予想されますが、2030年以降も、持続的で競争力のある社会を実現するために、エネルギーシフトとデジタル化とAIとのコラボレーションは、さらに進化し、もはや不可分な一体的なプラットフォームとなるでしょう※27。ことほど左様に、いまや、再生可能エネルギーを主軸とするエネルギーシフトにとり、デジタル化とAIとのコラボレーションは、必須不可欠かつ不可分なものになりつつあります※28。こうした、事情も背景に、特に、欧州は、率先垂範的に、エネルギーシフトとデジタル化とのコラボレーションが、重要な主軸として具体的な政策の形で早々に展開しており、フォン・デア・ライエン欧州委員⻑の新欧州委員会は、「デジタル化」を、「環境」と並ぶEU経済の2つの重要な成⻑エンジンに位置付け、以下の3方針を示し、その体制発⾜直後より⾒舞われたコロナ危機の中でもEU のデジタル政策を⼒強く推し進めてきました。
①「欧州のデジタルな未来の形成」(2020年 2月公表)。EUの包括的なデジタル戦略を示すもの。
②「デジタルコンパス2030」(2021年3月公表)。上記戦略に基づくEUのデジタル変⾰(DX)の2030年の到達目標を定めたもの。
③「先進半導体の安定供給確保」(2021年9月公表)。フォン・デア・ライエン委員⻑が2021年の⼀般教書演説にて述べたもの。

ちなみに、上掲①に掲げた新デジタル戦略「欧州のデジタルな未来の形成(Shaping Europeʼs digital future)」は、欧州委員会のフォン・デア・ライエン欧州委員⻑が、欧州グリーンディールに続き、就任3ヶ月後の2020年2月に公表したものです※29。同戦略は、今後5年間のEUの包括的なデジタル戦略を⽰した政策⽂書で、EUの価値観に根差した社会・経済のDX推進、データ・通信基盤を他国に依存しないデジタル主権の確⽴と、データが⽣み出す利益をEU市⺠や中⼩ 企業を含む誰もが享受できる公平な社会の実現をめざしております。同戦略は、EUの強みであるルールメイキング力を活かし世界のデジタル変革を主導する方針を打ち出しており、デジタル技術に係る国際ルール策定に向けた二国間や、国連・OECD・ISOやG20等の多国間交渉の場における合意形成を主導するほか、EUの標準化戦略の策定(2022年2月に提案済み)などのアクションを提示しております。

特に、最近、とみに欧州におけるデジタル化とAI化を加速させている背景には、実は、ウクライナ戦争に伴う人材流出といった別の側面もあります。この戦争の影響で、実は、ロシアからおよそ7万人超の非常に優秀なITエンジニアや数学者が出国しています。また、ウクライナでも、2022年4月14日時点で、すでに474万人のウクライナ人が国外に避難し、その内、ドイツでも32万人を受け入れていますが、その中に優秀なウクライナ人ITエンジニアが多くいます※30。彼らはまず、アルメニア、ジョージアなどに出国し、そこから西欧に避難しましたが、これはロシアにとっては頭脳流出となり、大打撃となっております。不毛なウクライナ侵攻を決断したプーチンのロシアの大誤算の1つとも言えましょう。

いずれにしても、今回のウクライナ危機をトリガーとしてさらに加速しつつある「卒化石燃料」+「脱炭素」に向けた世界の潮流は、さらに加速してゆくことすらあれど、減速したり、方向転換したり、ストップすることはないでしょう。ここで、明らかなことは、我々人類社会におけるエネルギー源は、「卒化石燃料」+「脱炭素」に向けて、不可逆的に、急速な転換期を迎えつつあることです。しかも、幸いなことに、デジタル化とAIとのコラボレーションの僥倖として、再生可能エネルギーが内包してきた幾多の課題の太宗が解決しております。加えて、再生可能エネルギーは、全地球上においてどこでも公平に存在し、その土地のもつ膨大な再生可能なエネルギー資源を利用できる「地産地消」の特性ゆえ、各国のエネルギー安全保障を強化しエネルギー自立性を実現するメリットがあります。むろん、再生可能エネルギーは、コスト面でもインフラ面でも、世界中の多くの国や自治体、市民のエネルギー需要を満たすことができるようになり、技術的な実用性、経済的な魅力、持続可能性を備えた選択肢として、むしろ主役として注目されてきつつあります。気候変動への取り組みの緊急度がますます高まる一方で、ウクライナ戦争で露呈した有事における原子力発電所の内在的なリスクが注目される中で、再生可能エネルギーが、私たちの需要を満たしうる最善かつ唯一の選択肢として再認識されるなかで、持続可能なエネルギー源に向けた全世界的な転換が今後も加速していくだろうと考えます。かくして、デジタル化とAIとのコラボレーションをてこに、再生可能エネルギー技術を迅速に開発し普及拡大させれば、地政学上の力学に重要な長期的影響をもたらすことは疑いないと考えます。そこに、人類社会が目指すべき「新たな世界」への入口が、ようやく、人類に眼前に登場しているのです。

不条理なウクライナ危機を契機に、「新たな世界」への入口が開かれることには、やや忸怩たるものもありますが、「不幸中の幸い」とも言えましょうか、あの忌まわしいウクライナ危機がもたらした唯一かつ最大の派生的僥倖として、いまこそ、人類は、2度とないチャンスとして、この「新たな世界」のドアーを開けて、持続可能で平和な未来に向けて、踏み出す時期にいるのです。

※23 国際エネルギー機関(IEA)は、太陽光発電が電力供給の中心となり、大規模な拡大が見込まれると予想し、今後10年間で世界の電力需要の伸びの80%を占め、2025年までに石炭を追い越す。2030年までに再エネが電力の約40%を供給する。中国が、再エネによる電力を2030年までに約1.5兆kWhに拡大し、これは、2019年の仏、独、伊の全発電電力量に相当する予想している。加えて、50年実質ゼロシナリオでは、次の10年間でさらに意欲的なアクションが必要となり、2030年までに、世界の総発電電力量の75%近くを低炭素電源が賄い、販売自動車の50%以上を電気自動車にする必要があると述べている。(出所)IEA(2019)、”World Energy Outlook 2020”

※24 この報告書は、世界各国から専門家を集めた「エネルギー変容の地政学に関する世界委員会(Global Commission on the Geopolitics of Energy Transformation)」(議長 オーラブル・ラグナル・グリムソン アイスランド前大統領)によってとりまとめられたもの。現在世界のエネルギー体系において、ほぼすべての国を巻き込んで広範囲な地政学上の影響をもたらそうとしている、この根本的な変化について分析したもの。

※25 日本は、「デジタル化=Digitalization」の分野においては、まだ「序の口」である。脱炭素ビジネスを制する鍵は「デジタル化」にあることは、理念上は理解しており、それ相応の喧伝もしているが、実行が伴っていないのが悲しい実情である。

※26 ちなみに、EV(電気自動車)拡大は、自動車のデジタル化がベースにある。もはや、EV(電気自動車)は、DR(デマンドレスポンス)やVPP(バーチャルパワープラント:仮想発電所)の革新的要素と考えられており、カーボンニュートラル戦略の柱の一つであるEV化が、脱炭素化が比較的困難な熱分野を電化することで目的達成する鍵となる。再生エネ電力余剰電気を「セクターカップリング」という方法で、交通や熱セクターに移さなければならないが、そこで、自由で効率的なセクター間のエネルギーの行き来の問題を解決できる唯一の方法がデジタル化である。こうしたヴィジョンを念頭に率先垂範している米国テスラを筆頭に、欧米自動車メーカーのEV(電気自動車)シフトとそのデジタル化に向けた環境整備への真摯な取り組みには、すざまじいものがあり、この点、日本の自動車メーカーは3周遅れの感が否めないのは、残念なことである。

※27 ちなみに、日本政府は、エネルギーシフトとデジタル化とAIとのコラボレーションにおいては、残念ながら、だいぶ立ち遅れているのが実態である。政府の示している2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略では、課題として、「電力ネットワークのデジタル制御など強靱なデジタルインフラが必要」と強調されているし、GX(グリーン・トランスフォーメーション)=DX(デジタル・トランスフォーメーション)、グリーンとデジタルは車の両輪であると。政府もわかってはいるらしいが、その実態は恥ずかしいほど後進国である。

※28 国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、再生可能エネルギー導入に関するイノベーション展望の広範囲で詳細な分析を行い、イノベーションや革新的ソリューションの多くの事例をマッピングし、分類した。当該報告書冒頭で、国際再生可能エネルギー機関事務局長のアドナン Z. アミン氏は、「先進市場で実施されているイノベーションプログラムは、電力系統の柔軟性を最大限に高めるソリューションに重点を置いている。また輸送部門、建築部門、産業部門の電化(エレクトリフィケーション)拡大も、スマートに行われれば、太陽光発電や風力発電の導入を促進するものとなりうる。そのような新たな需要は柔軟性が高いと考えられるため、電力系統に組み込むことにより、デマンドサイドマネジメント戦略を通じたさらなる再生可能エネルギーの導入を後押しすることができる。」と述べている。IRENA (2019)"Innovation landscape for a renewable-powered future: Solutions to integrate variable renewables"

※29 前ジャン=クロード・ユンケル委員⻑体制(2014-2019)が掲げ推進した「接続されたデジタル単⼀市場(Connected Digital Single Market)」の方向性を継いだもので、今後5年間のEUの包括的なデジタル戦略を⽰した政策⽂書。

※30 ウクライナには約20万人のITエンジニアいる。ウクライナとベラルーシのIT企業の人件費は2005年の時点でドイツの11%と破格に人件費が安い上に、優秀な人材が多い。欧州のIT企業は、ソフトウエア開発などをベラルーシ、ロシア、ウクライナのエンジニアに業務委託していた。