ウクライナ危機と気候危機と資本主義システムの終焉 ~軍産複合体と国際金融資本の諸相と人類の平和的帰結~ 古屋 力

2022.9.22 掲載

1. クレムリンとワシントンの共同作業としてのウクライナ戦争

いまや、世界は、独裁者の狂気に満ちたきまぐれのリスクに、さらされている。すでに、あまた多くの無辜のウクライナ人が不条理に殺され、7万人超の子供が孤児となり、50万人超ものウクライナ人がシベリアに強制送還されている。そして、世界中が食料危機とエネルギー危機にさらされている。世界中の誰1人とて幸福にしないこの明らかな愚行が、白昼堂々、いまだに、無分別に、誰も止めることもできずに、果てもなく無間地獄のごとく、展開されている。

いままで試行錯誤しながら人類が地道に築き上げてきた恒久的平和構築プロセスが、かくも下劣で時代遅れな圧倒的な火器・兵器群による理不尽な一方的侵攻で、もろくも瓦解しつつある。かような戦争は、近時、民主主義国家間では、一度も起きていなかった。この時代遅れで不愉快な戦争は、「東西冷戦」の延長の断末魔だと位置づける専門家もいるが、実は、現下の資本主義システムの断末魔でもあるとの揶揄もある。

そして、今日現在も続いているこのウクライナ戦争は、「気候危機」と表裏一体である。いままさに世界が協調して脱炭素の取り組みに注力すべきこの肝心な時期に、こともあろうことか、真逆の愚行によって、人命とエネルギーが費消され、気候危機を加速してしまっている。ウクライナの上空を飛び交う戦闘機やミサイル、大地を蹂躙する戦車や軍用車は、湯水のように化石燃料を使いエネルギーを大量に消費し、兵器や兵士を搬送するトラック、破壊され燃え上がる工場施設や住宅など、すべてが燃焼し、大気中に大量のCO₂を吐き出している。これほどの愚行はあるまい。

さらに脅威は、「核」と「生物化学兵器」にある。いまや、世界中の核保有国には総計1万3000発以上の核弾頭があり、いったん核戦争が勃発すると、燎原の火のごとく、世界中で、同時多発的に核戦争が連鎖発生し、瞬く間に全世界が核のリスクにさらされる。そして、核戦争による途方もなく残忍な大量破壊や、無辜な市民の殺傷、深刻な放射線健康被害、火炎による煤と塵の太陽光遮蔽による生物大量絶滅等々、核がもたらす人類の悲劇には枚挙に暇がない。また、廉価で安易に製造販売されるようになった生物化学兵器は、国家とテロ集団のほとんどが手軽に開発・入手できる状況下にあり、有毒な化学物質が航空機から散布されたり、水道システムに混入されたりする悪夢が現実のリスクとして懸念されており、まさに、人類の命運は、断末魔の危機に晒されている。かような近未来現実だが、一触即発の人類滅亡リスクが、まさに、いまウクライナ戦争で不気味に具現化しているのでる。

この愚かなウクライナ戦争の一因については、多事総論なれども、プーチン大統領だけではなく、実は、ジョ―・バイデン米国大統領にもその責任の一端があると唱える専門家も想像以上に多い。周知の通り、すでに米国は、オバマ大統領時代に「世界の警察官」の座から降りてしまったが、プーチン大統領は、今回のウクライナ戦争に対するジョ―・バイデン米国大統領の弱腰をしっかり見抜いていた。そして致命的であったのは、今年2022年1月19日のジョー・バイデン米国大統領の「ロシアによるウクライナ侵攻が全面侵略ではなく小規模な侵攻ならば、アメリカとして制裁を見送る可能性がある」ことを示唆する不用意な発言であった※1。プーチン大統領は、その隙に付け込んで、8年前の欧米諸国が傍観していたクリミア無血占拠を念頭に、一気にウクライナ侵攻を断行したのであった※2

本質的な問題は、今回のウクライナ戦争には、そもそも、クレムリンとワシントンの共同作業としての「確信犯」としての側面があることである。「共同確信犯」なんて、実におぞましい話ではあるが、その背景には、米国の軍産複合体(Military-industrial complex, MIC)の存在がある。軍需産業を中心とした私企業と軍隊、および政府機関が形成する政治的・経済的・軍事的な勢力の連合体を指す※3。「冷戦」終結とはいえ、その後も、ロシアも米国も、お互いに「敵」を必要としていた。そして、両国とも、お互いに、直接自国内で国民が犠牲になるような過酷な戦火を交えるのは回避したいが、自国外で「代理戦争」の形で戦争が起こることは、むしろ、お互いにとって好都合であるといった、実に姑息かつ愚劣な計算があった。実に醜悪ではある。プーチン大統領にとっても、欧米諸国によるウクライナへの積極的かつ持続的な加勢は、欧米等の脅威に対抗するという大義名分として有意であったし、ジョ―・バイデン米国大統領や軍産複合体自体にとっても、持続的に潤うウクライナ戦争の長期化は、その分、兵器供与が長期間継続できる意味でも、大いにメリットがあった。むろん、邪推に過ぎないが、万が一、上掲のジョー・バイデン米国大統領の不用意な発言が、もし、米国軍産複合体支持を念頭にした、プーチンへの誘い水としての意図的な計算があったのなら、その罪は重く、万死に値する。

そもそも、「戦争」は、人類の誰1人たりとも幸福にはしない。兵器は、百害あって一利なしである。しかし、産業革命後、工業化が進んだ19世紀、20世紀になると、戦争目的だけに開発製造する組織が必要とされるほど兵器は複雑化した。火器、大砲、蒸気船、飛行機、核兵器などの新兵器には数年がかりで開発製造に従事する必要が生まれた。それには、莫大な資本が必要となった。巨大兵器などでは計画・設計に時間がかかり、平和時にも体制を構築しておかなければならない。この軍事活動に向けた産業の繋がりは、国家=軍と産業による「軍・産協力」を生み出した。そこに軍産複合体が誕生した。1914年に始まった第一次世界大戦により、世界中で軍需産業が勃興した。特にアメリカでは国内労働力の25%が軍需関連産業に従事するようになり、一時的な経済的活況を呈した。資本主義システムが軍事産業と一体化し定常化してしまったのである。ちなみに、第41代および第43代大統領を生み出したブッシュ家は、軍産複合体を生業としてきた一家で有名である。特に,米国の巨大軍需企業は、自社製品やサービスが国防予算内に有利な条件で組み込まれるよう、軍事と権力と金融が融合し、シンクタンクやロビイストを通じてアメリカ議会議員にさまざまな働きかけを行っている。加えて、これらの企業から合法や違法を問わず献金が議員に対して行われ、政治活動資金として使用される。ここに、人々の生死や幸福に直結する「戦争」が、何ら疑問も持たれずに、臆せずに、完全に資本主義システムに組み込まれてしまったのである。そして、悲しいことに、現下の資本主義システム自体が、「戦争」の存在なくして存続しえないほどになってしまっている。

※1 ジョー・バイデンが、2022年1月19日に、ロシアによるウクライナ侵攻が全面侵略ではなく「小規模な侵攻」ならば、アメリカとして制裁を見送る可能性を示唆するような発言を行っていたことに対して、前米大統領国家安全保障問題担当補佐官ジョン・ボルトンが、1月23日付のニューヨーク・ポスト紙に1月23日付のニューヨーク・ポスト紙に意見記事の中で、ジョー・バイデン米大統領の弱腰を批判している。

※2 ただし、8年前の欧米諸国が傍観していたクリミア侵攻と同様に今回も短期決戦だと甘く見たそのプーチン大統領にとり、ウクライナのゼレンスキー大統領とウクライナ国民の粘り強い抵抗と善戦と、さらには、欧米諸国による加勢による戦争長期化は大きな誤算であった。

※3 特にアメリカ合衆国に言及する際に用いられ、1961年1月、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領が退任演説において、軍産複合体の存在を指摘し、それが国家・社会に過剰な影響力を行使する可能性、議会・政府の政治的・経済的・軍事的な決定に影響を与える可能性を告発したことにより、一般的に認識されるようになった。現在では軍と産業に加え大学などの研究機関が加わり、軍産学複合体と呼ぶように変化してきている。この背景には軍から大学の研究費が出されるようになり、研究資金の出資元として軍が大きな割合を占めるようになってきているためである。

【2. J.M.ケインズの含意】 へ続く →