ウクライナ危機と気候危機と資本主義システムの終焉 ~軍産複合体と国際金融資本の諸相と人類の平和的帰結~ 古屋 力

2022.9.22 掲載

2. J.M.ケインズの含意

実は、資本主義の本質をみごとに喝破した86年も前のJ.M.ケインズ(J.M.Keynes)の言葉がある。

「財務省が古い瓶に紙幣を詰めて炭鉱の跡地に適切な深さに埋め、採掘権を競り落とした民間企業にレッセ・フェールの原則に基づき掘り出すことをさせれば、失業はなくなるだろう。波及効果で所得も資本蓄積も増えるだろう。もちろん、住宅などを建設する方が賢明なのだが、政治的な理由でそれが難しいのであれば、何もしないよりはその方がいい。※4

これは、大昔に彼が書いた主著『一般理論』(1936)の10章にある言葉である。この奇妙な現実世界の金鉱とのアナロジーを描いた「穴を掘る」例は、それによる直接的な雇用増加ではなく、資本蓄積が飽和した社会においても、貨幣を所有している人に非経済的な理由での投資を促すことができれば雇用は増える、というメカニズムを説明したものである。元来、金は、適切な深さで採掘可能であるときは世界の富は急増し。それが不足するときは、富は沈滞するか減少する。金供給量の増加が、金利引き下げ効果があることに加えて、金の採掘は、他のより有意義な公共事業が実行できない場合には、まず、その賭博的な要素ゆえ、ときどきの金利水準を問わず企業に取り組んでもらえる。加えて、金は他の資本と異なり、そのストックが増えることで限界効用は減らない。例えば住宅は供給が増えることで見込み家賃が下がり、投資のうまみが比例して減るが、金の採掘にはその恐れはない。金の採掘活動にストップをかけるのは、雇用が大幅に改善して賃金が上がることしかない。実に賢い比喩である。はたして、今のご時世に、古い瓶に紙幣を詰めて炭鉱の跡地に埋める政策をとる政府は、世界中のどこの政府を探してもないであろうが、こういった有効な雇用促進策、有効需要策としては、いまでもどこの政府も実施している公共投資等がある。

ちなみに、人道的にも倫理的にも決してお勧めはできないが、この「穴を掘る」手法よりも、さらに最も有効な有効需要策が1つある。それは「戦争」だ。だれも公言しないが、暗黙の認識である。

結果的に、「戦争」は、大量の戦車・戦闘機・大砲・砲弾・車両そして化石燃料を無尽蔵に「湯水のごとく」消費し、しかも、多くの住宅・工場・橋・インフラを破壊し、再生復興需要を喚起し、そのための有効需要を爆発的に生み出す。その結果、大量に雇用を生み出し、景気を活性化する、最も直接的なインパクトが強烈で最も有効な「悪魔の有効需要策」とも呼ばれている。つまり、米国の軍産複合体にとって、その「悪魔の有効需要策」が、まさに、現在進行中のウクライナ戦争なのである。

ちなみに、ケインズは、この『一般理論』の17年前に書いた『平和の経済的帰結(The Economic Consequences of Peace)』※5(1919)で、パリ講和会議の内実を明らかにし、第1次世界大戦敗戦国ドイツに対して課された法外な賠償請求の危険性を告発したが、その最終章で,賠償金の大幅削減を提案するとともに,ロシアとの貿易が欧州経済復興に資することを念頭にドイツ企業の復興の可能性を見立てている。戦後,欧州の平和が回復後、不完全な通商・金融体制は,欧州全体の経済復興を遅らせ,そのことが新たな対立の火種になることを危惧したのである※6。まさに、現下のウクライナ戦争後の平和の経済的帰結の在り方にも、グローバリズム崩壊とブロック経済化の懸念がある中で、経済的相互依存が地域の安全保障を維持できる可能性が問われつつある国際経済秩序の議論に深い示唆を与えてくれている。

※4 (文中は意訳)If the Treasury were to fill old bottles with banknotes, bury them at suitable depths in disused coalmines which are then filled up to the surface with town rubbish, and leave it to private enterprise on well-tried principles of laissez-faire to dig the notes up again (the right to do so being obtained, of course, by tendering for leases of the note-bearing territory), there need be no more unemployment and, with the help of the repercussions, the real income of the community, and its capital wealth also, would probably become a good deal greater than it actually is. It would, indeed, be more sensible to build houses and the like; but if there are political and practical difficulties in the way of this, the above would be better than nothing. (Ch.10, p.129))

※5 第一次世界大戦後のパリ講和会議に英国大蔵省代表として参加した ケインズが賠償の内容に異を唱え会議終了を待たず辞表をたたきつけて帰国して1919年に書いたもので、欧米で大きな反響を呼んだ。

※6 ケインズは、「パリ講和会議」に臨んだオルランドオ伊首相,クレマンソー仏首相(講和会議議長),ウィルソン米大統領,ロイド・ジョージ英首相の4 巨頭の内、ドイツをできる限り弱体化させようと企む英仏の策略を巡る攻防を懸念するとともに、平和条約に欧州の経済的復興に資する条項が含まれていないことを憂えた。そして、戦後のインフレの進行により,市民の富の大部分が没収され,富の分配の不公平化につながり,資本主義の究極の基礎をなす,債権・債務者間の永続的な関係がほぼ無意味になるほど混乱してしまうことをケインズは恐れた。特に,インフレ対策として,通貨の国内購買力の幻想を物価統制により国民に植え付けることの危険性と外国貿易に対する悪影響を強く訴えた。その予言の通り、第2次世界大戦におけるナチスヒトラー登場を惹起したことは歴史が証明している。

3. 戦争促進装置であり受益者としての軍産複合体の原罪

ウクライナ戦争の本質を、どの側面から解析するかにもよるが、いまこそ深い洞察が求められている重要不可欠な論点は、戦争促進装置であり受益者としての「軍産複合体」の原罪についての解析である。

そして、この「戦争」という「悪魔の有効需要策」に依存する現下の資本主義の本質が、米国のみならず、英国をはじめとする西欧諸国や、さらには対岸の火事のごとく当事者意識が希薄な日本ですら、例外なく内包しているというおぞましき事実への謙虚な省察が肝要である。

米国の軍産複合体の成長拡大を中心とした米国の軍事費の拡大曲線は、第二次世界大戦後に、明らかに①1950年代の朝鮮戦争期(この特需の恩恵には日本も随分被ったことは周知の事実である)、②60年代のヴェトナム戦争期、③80年代レーガン政権時代の軍拡期、そして、④21世紀に入ってからのアフガニスタン・イラク戦争期の、4の大きな山を描いて、むろん、兵器調達費と右肩上がりの軍事的R&Dに膨大な資本が注入され続けている※7。そして、その膨大な資金需要に対して、巨大な国際金融資本が湯水のように注入されてきたのである。そして、一方方向に動き始めた大きな資本の歯車は、もはや逆戻りはできない。

言わずもがな、米国のみならず、人類にとって、軍産複合体は、「死に至る病」の元凶である。世界にとって無用の長物で有害な兵器を作り続け、世界最大の兵器生産国であり兵器輸出国であることは、米国にとって決して誇れるものではない。その「死の商売」を止めねばならいという良心の呵責を麻痺させつつ迷走するこの闇深い米国の病は深刻である。その闇が、現下のウクライナ戦争まで続いている。
振り返れば、米国の軍産複合体にとっての深刻な死活問題は「冷戦後」にあった。「戦争」がないのであるから。そこで、米国の軍産複合体が目を付けたのが、旧東欧の軍需産業であった。「冷戦後」しばらく眠っていた旧東欧に潜在的な「戦争」の成長市場を見出したのである※8

そこで、いわゆる「マッチポンプ」を演出したわけである。米国には、議会向けのロビー団体があることは周知の事実であるが、中でも軍産複合体の活動は激しい。いわゆる「NATO拡大のための米国委員会」(後に「NATOのための米国委員会」と改称)」※9は、その典型である。クリントン大統領時代は、NATO加盟に対しても、この委員会を通じて、ロビー活動が積極的に展開されていた。ルーマニアとスロベニアについてはその国内民主主義の状況を理由に難色を示したクリントン大統領に対して、ブルース・ジャクソンは1996年にこの議会向けのロビー団体を立ち上げ、自ら委員長を務めてロビー工作を強化することにした。その時、議会上院で外交委員長を務めていたのがジョー・バイデンであった※10。またこの時期1997年には、米国で「米国新世紀プロジェクト(Project for the New American Century, PNAC;PNAC)」が開始している※11。そうしたロビー活動の導火線上に、すでに2013~14年ころから、当時のバイデン副大統領やヌーランド欧州・ユーラシア担当国務次官補やマケイン上院議員等も関わりながら伏線を育んできたのが、他ならぬ、ウクライナ戦争の火種が、すでにそこにあったのである。

冒頭に、「ウクライナ戦争には、そもそも、クレムリンとワシントンの共同作業としての「共同確信犯」としての側面も無視できない」と述べた由縁がここにある。

※7 ちなみに、1993年に登場したクリントン大統領は、4年間で軍事費を30%減らして2,500億ドルとする計画をかかげていた。クリントンは、経済の安定を損なわずに軍事費の削減を行うために、「軍民統合Military-Industrial Integration)」政策を展開した。しかし、何が必要かを基準に兵器のリストを積み上げていく「ボトムアップ」を採用したことで、結局、兵器産業に必要な兵器を作ることのでる企業群の離合集散が進み、結局、ノースロプ・グラマン、ロッキード・マーチン、レイセオン、ボーイング、ジェネラル・ダイナミクスの5社からなる軍産複合体の寡占体制が成立して、今日に至った。

※8 1997年6月29日付NYタイムズ記事で、米航空宇宙産業協会の国際副部長のジョエル・ジョンソンが、東欧には、「ジェット戦闘機だけで100億ドルの潜在市場がある。そのジェットには操縦シミュレーター、交換部品、電子機器やエンジンの改良版などが付いて回る。次に輸送機、多目的ヘリ、攻撃型ヘリが来る。軍事通信システム、コンピューター、レーダー、無線やその他の近代的戦闘部隊に必要な道具もだ」と語っている。

※9 「NATO拡大委員会」のブルース・ジャクソンとの共同創始者は、弁護士で後にクリントン・オバマ両政権のホワイトハウスで顧問の仕事をすることになるグレッグ・クレイグであった。ポール・ウォルフォウィッツ、リチャード・パールを委員会の理事に迎えている。

※10 ジョー・バイデンは、当時、ポーランド、ハンガリー、チェコのNATO加盟を熱心に推進し、議会の同意を取り付けるに成功させ、こともあろうに「冷戦時代の西側軍事同盟にとっての敵の面前で、かつてスターリンがこの3カ国に強制した歴史的な不正義を正すことができた。これは今後50年間に及ぶ平和の始まりである」と宣言している。

※11 1997年に設立された非営利的保守系シンクタンク。共同創始者はロバート・ケーガンとウィリアム・クリストル。ロバート・ケーガンの妻はビクトリア・ヌーランド国務次官で、ウクライナのゼレンスキー政権を対露徹底抗戦に駆り立てている張本人。議長はウィリアム・クリストル。現会員及び元会員には、ドナルド・ラムズフェルド、ポール・ウォルフォウィッツ、ジェブ・ブッシュ、リチャード・パール、ディック・チェイニー、ルイス・リビー、ウィリアム・ジョン・ベネット、ザルメイ・ハリルザド、エレン・ボーグ(ロバート・ボーグ裁判官の妻)、ジョン・ボルトンがいる。その思想とメンバーの多くは、タカ派のアメリカ新保守主義(ネオコンNeoconservatism)に依拠しており、自由主義や民主主義を重視してアメリカの国益や実益よりも思想と理想を優先し、武力介入も辞さない思想が基盤にある。1970年代以降に米国において民主党のリベラルタカ派から独自の発展をし、それまで民主党支持者や党員だったが、以降に共和党支持に転向して共和党のタカ派外交政策姿勢に非常に大きな影響を与えている。

【4. 戦争促進装置であり受益者としての国際金融資本の深淵】 へ続く →