ウクライナ危機と気候危機と資本主義システムの終焉 ~軍産複合体と国際金融資本の諸相と人類の平和的帰結~ 古屋 力

2022.9.22 掲載

4. 戦争促進装置であり受益者としての国際金融資本の深淵

もう1つ、看過してならないのは、軍産複合体の背後にある巨大な国際金融資本の存在である。実は、国際金融資本こそが、戦争促進装置であり、受益者でもある。資本は増殖する。資本は、右肩上がりの時間の増加関数である。巨大な国際金融資本は、軍産複合体の成長拡大に対しても、常に前年比増加の成長増殖を求める。軍産複合体にとって、有効需要の源泉は「戦争」である。「戦争」がないと、軍産複合体も国際金融資本も困るのである。

国際金融と軍産複合体とは、不可分の運命共同体であり、表裏一体である。国際金融資本は、資本増殖の属性ゆえに、軍産複合体の成長拡大に対しても、常に前年比増加の成長増殖を求める。それゆえに、軍産複合体が、有効需要の源泉たる「戦争」がないと困るのと同様、国際金融資本も、「戦争」がないと困るという意味で、同じ穴の貉なのである。

そもそも、「戦争」は、現下の新型コロナウイルス感染症や気候危機と同様、「人災」である。愚かな人類の愚行の結果であり、自業自得で、かつ致命的な「死に至る病」である。人類の生存に関わる深刻な連帯問題だ。「戦争」自体に依存している国際金融資本と軍産複合体の存在自体、人類にとって内包矛盾である。資本増殖の属性ゆえに、軍産複合体の成長拡大に対し常に前年比増加の成長増殖を求める国際金融資本は、皮肉にも、「人類の死期」を早める加速装置の役割を果たす。しかも、この地球上の太宗の人類が望まないであろう「戦争」の悲劇と不条理を引き換えに、この地球上のごく一部にすぎない国際金融機関と軍産複合体関連の投資家等の受益者だけが利得を享受するという実にアンバランスで不健全な構図が、そこに平然と横たわっている。それは、あたかも、健全な肉体に巣くって増殖する悪性腫瘍のようなものである。

皮肉にも、この地球上の太宗の人類が望まないの悲劇と不条理を引き換えに一部の投資家等の受益者だけが利得を享受するという構図は、気候危機の元凶である二酸化炭素等温室効果ガスを排出する化石燃料産業とそれに投資・融資する金融機関の利権構造にも類似している。むしろ同根だとも言えよう。

今後、国際金融と軍産複合体の在り方の本質に、国際社会が切り込み、彼らの「戦争」への加担を思い切って抑止する何らかの強制的な手立てが講じられない限り、仮に、現下のウクライナ戦争が、今回奇跡的に短期終結しても、再び、第2、第3のウクライナ戦争が、起こりうるであろう。地球環境問題に対しては、すでに、欧州を中心に気候変動問題や生物多様性問題への新たなルール作りに向けた「環境タクソノミー(taxonomy)」※12の枠組み構築が始まりつつあるあるが、「戦争」に対しても同様に、2度と忌まわしい「戦争」を再発させないための平和構築を担保するために、国際金融分野で「戦争」用兵器ファイナンスに関する厳しい制約を課した「戦争タクソノミー」を想定した国際ルールを制定することも急務であろう。

いまや、人類は、あたかも「時限爆弾」を抱え込んだごとく、「自己矛盾」を内包した容易ならざる深刻な実情に直面している。それにもかかわらず、いまだに、人類は、この期に及んでもこの明らかな危機感を共有できず、市民も刹那的な一喜一憂に明け暮れ、日々の消費活動に埋没逃避し、政治家も目先の集票活動に終始し、官民ともに偏狭な視野狭窄に陥り、その場限りの対処療法に終始し、大局観に立った思い切った行動に踏み込めないでいる。

7年前の2015年にようやく誕生した起死回生策の「パリ協定」も「SDGs」も、本来であるなら、こうした「戦争」抑止に対する有効な仕掛けであったはずにも関わらず、為政者の威勢のよい宣言とは裏腹に、いまだに、その進捗状況は、はかばかしくなく、コロナ禍が問題をさらに悪化させている。脱炭素で持続可能な社会への速やかな移行が世界が目指すべき方向であることは自明だが、それが、できていない。家の中で火事が起こっているのに、まったく消火の目途がついてないばかりか、よせばよいのに、儲け目当てで、姑息なことに、まだ燃料をつぎ込もうとしている愚かな人々すらいる始末だ。現下のウクライナ危機は、その愚行の証左である。

今、人類は、人間活動が地球環境に大きな影響を与える時代「人新世(Anthropocene)」にいる。そして、もはや不可逆的でとりかえしのつかない危険な転換点(tipping point)に立っている。もう、待ったなしだ。その破局に向かう道を、不幸なことに、「戦争」と「気候危機」が加速させている。もはや、神学論争している暇はなく、いままでの対処療法では、埒があかない。根本治療が急務だ。

※12 「持続可能な経済活動」の体系化を目指す、地球環境にとって企業の経済活動が持続可能であるかを判断する仕組みで、「EUタクソノミー」とも呼ばれている。元々生物学において「分類」を意味する用語で、サステナブルファイナンスの対象となる「持続可能性に貢献する経済活動」を分類・列挙したもの。地球環境への配慮と対応の必要性が高まるなか、その重要性が高まっている。EUは、2020年6月に「タクソノミー規則」を法令化し、6つの「環境目的」を規定している。このグリーン投資を促す民間資金誘導の基準はEU加盟国すべてに遵守が求められている。

5. グローバリゼーションの崩壊と資本主義の終焉

いまや、グローバリゼーションは崩壊しつつあり、資本主義は終焉を迎えつつある。米ダートマス大学のダグラス・A・アーウィン経済学教授は、2009年の世界金融危機以降ずっと国際貿易の伸びが鈍化してきている現象を「スローバリゼーション※13」と呼んでいるが、2008年に61.1%とピークだった世界の貿易開放度※14は、その後、低落して、グローバリゼーションは崩壊しながら今日に至る。

かつては信奉された時期もあった「自由貿易・経済的相互依存が戦争を抑止する」という「自由貿易神話」も、もはや、瓦解している。「冷戦」終結とソ連崩壊時に米国が抱えた幻想にも似たリベラル覇権戦略への慢心と自己破壊的な過剰拡張は、いまや、破綻している。

そもそも、米国のリベラル覇権戦略への慢心を背景に、金融バブルに支えられたグローバリゼーションによる経済的繁栄は、「張子の虎」であり、空虚なものであった。単なる錯覚に過ぎなかった。サブプライムローンという「画餅」を積み上げた空虚な幻想と欺瞞の上に構築された様々な華やかな金融商品群は、偽りの繁栄を虚飾演出する魔法にすぎず、いったんそのバブルが崩壊すれば、あっけなく瓦解した。人々に幸福とそれを裏打ちする経済的繁栄を保証するはずであったグローバリゼーションは、いとも脆くも崩壊した。結局、国際金融市場のグローバリゼーションも、悪夢のようなアジア通貨危機やリーマンショックを経て、深刻な貧困と所得格差という傷跡だけを残し、世界経済は停滞し、いまや、人類は、忌まわしい戦争の危機に直面している。

そして、いまや、ウクライナ戦争は、すでにリーマンショックから始まっていたグローバリゼーションの溶解プロセスを、さらに加速させている。すでに25年も前の1997年2月5日『ニューヨーク・タイムズ』紙において、ジョージ・ケナン(George Frost Kennan)が「NATO の東方拡大は致命的な失敗になり、ロシアにようやく芽生えた民主主義を台無しにし、再び西側の敵対者に追いやりかねない」と警告していたが、時のクリントン政権は、そのケナンの警告を無視し、結局、東方拡大を開始したことは周知の事実である。そして、こともあろうに、ウクライナに親米政権樹立を画策した、かつての米国国務次官補ビクトリア・ヌランド(Victoria Nuland)※15が、2021年にバイデン政権の国務次官に就任したことがプーチンを不用意に刺激し今日のウクライナ戦争に導火したことは明らかである。かくして、米国のリベラル覇権戦略の破綻の派生としてのロシアによるウクライナ侵攻は、その結果、戦争の脅威と独裁者の気まぐれに翻弄されながら、欧州の地政学的不安定化を加速させ、やがては、日本を含む東アジアの地政学的不安定化まで飛び火し、世界中のサプライチェーンを破壊し、グローバリゼーションの溶解プロセスを、さらに加速して、今日に至る ※16。そして、こうした人類の「戦争」という愚行の帰結として、深刻な気候危機は、益々加速しながら、人類の破局プロセスを、さらに加速している。

※13 ルモンド紙記者シャレル(Marie Charrel)も、最近の論説で「スローバリゼーション時代」が到来したと新造語で論じている。

※14 一国における国内総生産(GDP)に対する輸出輸入額の比率。貿易依存度とも呼ぶ。英国Paul HirstとGrahame Thompsonは、「現代グローバリゼーションは幻想に過ぎない」と批判(1999年)。その理由は,①経済国際化の歴史は古く,②多国籍企業化はまだ一般的しておらず,③資本・投資・貿易は集中と独占の傾向を見せており,④市場は結局,規制管理される,などを挙げている。

※15 オバマ政権下では国務次官補(政治担当)を務めた。2014年にはウクライナのキーウを訪問し、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領と会談してウクライナ情勢に深く関与した。トランプ政権が誕生したことにより下野。 ハーバード大学で教鞭を取っていたが、2020年アメリカ合衆国大統領選挙でバイデン政権が誕生すると、2021年に国務次官(政治担当)に復帰した。

※16  Paul Krugman(2022)Will Putin Kill the Global Economy?

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