人類の明るい未来図 ~「脱炭素」と「脱国家」による「永遠平和」のためのデッサン~ (古屋 力)

2022.5.20 掲載

1.「永遠平和」の無効化という悪夢のreality

ようやく新緑が美しくなってきた、今日このごろ、みなさまは、いかがお過ごしですか。さて、以下に紹介する詩、どこの国の詩だと思いますか?

「希望の灯が消えませんように!
大地が喜びとともにありますように。
心は悲しみを超えてゆきますように!
あたたかい心が人々をひとつに結びつけますように!」

実は、ウクライナの民謡『希望の灯』の一節です。あの悪夢のようなチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故の起きた、そして、いままさに不条理な戦火の渦中にある、あのウクライナの詩です。この2022年2月24日に、ロシアがウクライナ領土内に軍事侵攻し、大規模な破壊殺りく行為を行ってきて以降、戦火は消える気配もなく、春になってもウクライナの悲劇は、収束の階もありません。いまやウクライナが世界になり、この地球上の全人類が陰鬱な不安の中にいます。罪もない一般市民を含めて多数の死傷者が出続け、ウクライナ国民の4人にひとりが国内外に避難を余儀なくされているこの異常事態は、紛れもなく正当化しえない醜悪な戦争です※1

ウクライナ侵攻は、なんら正当化しえない人道上、倫理上の深刻な蹂躙を伴う深刻な国際法違反であると同時に、軍事行動そのものによる莫大な環境破壊と有害物質や温室効果ガス排出の罪深さと愚かさを露呈させました。いままさにウクライナ上空を飛び交っている砲弾、ロケット弾、ミサイル等が爆発し、それらに含まれている有害な金属類等が粉々になり工業用地や住宅地のありとあらゆる環境中に永遠に残留します。そして、ウクライナの上空を飛び交う戦闘機やミサイル、大地を蹂躙する戦車や軍用車は、湯水のように化石燃料を使いエネルギーを大量に消費し、兵器や兵士を搬送するトラック、破壊され燃え上がる工場施設や住宅など、すべてが燃焼し、大気中に大量のCO₂を吐き出しています。いままさに世界が協調して脱炭素の取り組みに注力すべきこの肝心な時期に、こともあろうことか、この愚行によって、人命とエネルギーが費消され、気候危機をさらに真逆の悪化の方向に加速してしまっているのです。

「人類は戦争を終わらせなければならない。さもなくば戦争が人類を終わらせるだろう。(Mankind must put an end to war, or war will put an end to mankind.)」と喝破したのは、かのジョン・F・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy)ですが、今回のウクライナ危機における核や化学兵器の使用可能性の顕在化を目に、そのおぞましい狂気に似たrealityに、多くの方が、脳裏に「第三次世界大戦」の言葉がよぎり、「まさに対岸の火事ではない」と人類の終焉すら予感するほどの戦慄を覚えたのではないでしょうか※2

いまや、世界中の核保有国には総計1万3000発以上の核弾頭があると言われています※3。いったん核戦争が勃発すると、燎原の火のごとく、世界中で、同時多発的に核戦争が連鎖発生し、瞬く間に全世界が核のリスクにさらされます。そして、広島・長崎原爆投下の悲劇に象徴される核戦争による途方もなく残忍な大量破壊や、無辜な市民の殺傷、深刻な放射線健康被害、火炎による煤と塵の太陽光遮蔽による生物大量絶滅等々、核がもたらす人類の悲劇には枚挙に暇がありません。

また、一方で、廉価で安易に製造販売されるようになった生物化学兵器は、国家とテロ集団のほとんどが手軽に開発・入手できる状況下にあります。有毒な化学物質が航空機から散布されたり、水道システムに混入されたりする悪夢が現実のリスクとして懸念されております。まさに、人類の命運は、断末魔の危機に晒されております。そして、恐ろしいのは、これらがすべて近未来現実だということです。一触即発の人類滅亡リスクが、まさに、いま人類の眼前に、すぐそこに、不気味に横たわっているのです。

今回のウクライナ危機が不幸にも証明してしまった悲劇的な事実があります。それは、人類がいままでコツコツと懸命に築き上げてきた様々な平和維持装置が無効であったことです。あたかも「自分の目的完遂のためには、無辜な全人類を道連れにしてもいい」と思っているような狂気に似た為政者の独善的暴走と核恫喝によって、欧米はじめ諸外国は足が竦み、「核抑止」が一瞬に無効化してしまいました※4。人類が永年に渡って試行錯誤しながら築き上げてきた恒久平和構築のプラットファームが、一夜にして、いとも簡単に脆くも無効化してしまうという悲劇のrealityです。

「力による平和」があまりに多くの危険を含み、「軍備なき平和」が実現不可能な現代の国政政治の状況下、いまや人類は主権国家社会の本質から、軍備縮小だけを一方的に進行させることができないという実に悩ましい絶望の淵に立たされております。たしかに、ウクライナの現状を目の当たりにすると、「結局、力こそ正義なのか」「国際法など無力なのではないか」と落胆され、「永遠平和の追求なんて意味なんかないじゃないか」と、無力感と絶望感に襲われる方も多くおられるかと推察しております。

※1 国際政治学者・細谷雄一慶応義塾大学教授は、「ロシアの行動は、国連(国際連合)憲章2条4項の国際紛争解決のための武力行使を禁ずる国際法違反。ウクライナの行動は、同51条の個別的自衛権行使に基づくもの。」(2022年3月26日)と批判している。また、今回のウクライナ侵略を、「国連安保理の常任理事国にして核保有国ロシアが、指導者のほぼ妄想で作り出された国益をめがけて暴発した出来事」と糾弾する意見もある。服部倫卓(2022)「この戦争はどこから来てどこへ行くのか」(雑誌『世界』2022年5月臨時増刊号)p37

※2 この背景には民主主義への危機感がある。東京大学大学院法学政治学研究科板橋拓己教授は、「われわれの現在の状況がヴァイマル共和国と似ているのではないか、すなわち、民主政が危機にあり、ついには倒れてしまうのではないか」と問いかけ、考察を展開している。板橋拓己(2022)「歴史から考えるポピュリズム―戦間期ヨーロッパの経験から」報告(2022年3月9日付ウェビナー)

※3 東西冷戦下時代の1980年代半ばに、核軍拡競争はピークに達し、核兵器は7万発もあった。世界でこれまでに2050回以上の核実験が行われている。核開発の出発点であるウラン採掘やウラン濃縮行程での被曝から、核燃料を製造する原子力発電所事故による悲惨な死傷者と健康被害、国土喪失、さらには、広島・長崎のカタストロフな被爆等々、核兵器は、あらゆる段階で多くの悲劇を生み出してきている。

※4 島田雅彦氏は、「小柄なサイコパス男の大きな影、それが国家である。無数の罪を犯しながら、償う気は一切ない思いあがった独裁者の、コンプレックス、恨み、野望、それが政治である。政治は、人を傷つけ、奪うばかりで、何1つ与えてはくれない。」と、政治と国家の限界と闇について分析している。島田雅彦(2022)「小柄なサイコパス男の大きな影」(雑誌『世界』2022年5月臨時増刊号)p17

【2.「永遠平和」は、はたして真夏日の「逃げ水」のごとく永遠未達な幻想なのか】 へ続く →